忙しくても心が満たされる生き方、できますか
辺境の医師・吉岡秀人氏が明かす信念を貫く生き方(後編)
アパレル業界の常識を根底から覆すものづくりに挑戦するブランド「ファクトリエ」。店舗なし、セールなし、生産工場を公開、価格は工場に決めてもらう——。これまでのアパレル業界のタブーを破って、日本のものづくりを根底から変えようとしている。つくる人、売る人、買う人の誰もが、「語りたくなる」ようなメイド・イン・ジャパンの新しいものづくりを目指すファクトリエ。本連載では、同ブランド代表の山田敏夫氏が、思いのあるものづくりを実践している人々に話を聞く。
連載3回目に登場するのは、医師の吉岡秀人氏。吉岡氏は、1990年代からミャンマーやカンボジアなどの貧困国で無償の医療活動を続け、国際緊急救援も手がける国際医療のプロフェッショナル。ファクトリエの扱う衣料とは、漢字違いの医療に携わる吉岡氏。だが吉岡氏も山田氏もそれぞれの業界で常識破りの挑戦を続けている。吉岡医師に挑戦を続けるという生き方について話を聞いた。今回はその後編。
(構成/宮本恵理子)
吉岡秀人(よしおか・ひでと)氏、医師/特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問(写真右側)
1965年大阪府生まれ。大分大学医学部卒業後、大阪、神奈川の救急病院などに勤務する。1995年よりミャンマーで医療活動を開始。岡山病院小児外科、川崎医科大学小児外科講師を経て、2004年に国際医療ボランティア団体として特定非営利活動法人ジャパンハートを設立。貧困地域での無償医療活動のほか、障がい者自立支援活動や養護施設の運営、現地での医療従事者育成事業などを行う。東日本大震災では、500人あまりを派遣しての緊急医療支援活動を行った。著書に『救う力』(廣済堂出版)など。(取材日/2018年5月17日、写真/竹井俊晴)
山田氏(以下、山田):吉岡医師は、“イリョウ違い”で衣料のプロジェクトを始めているそうですね。
吉岡医師(以下、吉岡):そうなんです。きっかけは、医療従事者を派遣する活動で、鹿児島県の奄美大島からの要請を通じて、関わり始めたことです。
「医療」が先細っているということは、奄美大島という地元経済の「幹」そのものが細っているということです。つまり、医療だけを発展させるのは無理で、産業や観光を含む奄美大島全体のパワーを底上げする働きかけが必須だと感じました。
そんな中で、奄美大島独自の力を宿せるものは何かと突き詰めて考えました。
そこで軸となり得るものとして見えてきたのが、「大島紬」だったのです。
僕は衣料のことは門外漢ですから、分かる人たちに声をかけて、大島紬の復興のための活動を始めることにしました。
奄美大島独自の特産品で、島そのものの魅力を高めていくことが、島全体の発展につながり、やがては優秀な医師や看護師を呼び込み、医療が発展すると考えています。
山田:医療の活動だけでも多忙を極めるはずなのに、さらに活動を広げていくというのは頭が下がります。
あなたは時代のどっち側にいるのか
吉岡:僕はたしかに忙しい人間です。けれど、同じだけ忙しくても、幸せな人と不幸な人がいて、僕は幸せな方だと思っています。体はしんどいかもしれないけれど、心は満たされている。
「幸」と「不幸」を分かつ違いは何か。それは「時代のどっち側にいるか」なんです。
時代のこっち側では、従来の価値観や常識の中で、誰かに決められた正解を追い求める世界。あっち側は、古い価値観から解き放たれた新しい世界。
僕は、医局でキャリアを積む常識を捨てて、あっち側に行った瞬間から、プレッシャーから解放されました。「みんなが追いかけるものをキャッチアップしないといけない」というプレッシャーから解き放たれたわけです。
何かを追い続ける生き方ではなく、時代が追いかけてくる生き方へ。
若い人にもいつも言っています。「時代のあっち側を目指せ」と。「新しい常識をつくる生き方を選べ」と。
例えばITで起業するにしても、今さらシリコンバレーで勝負をかけても討ち死にするだけでしょう。飛び込むべきは、アジアのような新しいマーケットです。
山田:とはいえ、誰もが大きなチャレンジをする決断はできないのではないかな、とも思います。
吉岡:そうですよね。もちろん、無理なリスクを取る必要はありません。ただ大切なのは、方向性を意識することだと思います。
「こんな世界を目指したい」「こういう世の中で暮らしていきたい」という希望の方向性を意識する。
例えばファクトリエを選ぶお客さんは、きっとこれからの世界が持続的に発展するための試みに参加したいという意思表示をしているのだと思うんです。
自分一人ではゼロから達成できないことでも、誰かの行動に賛同して、参加することだって十分なアクションです。
「私一人の力なんて大したことない」と思う人は多いと思います。医療従事者からもよく聞かれます。「私なんて、泡くらいの存在ですから」とか、「所詮、歯車ですから」とか。
でも、泡だっていいじゃないですか。僕だって、一つの泡に過ぎません。何かを成し遂げるには、とても足りない存在です。
流れをつくることが、未来をつくること
吉岡:それでも、世の中を少しでもいい方向へ進める川の流れの一つになっていたい。そうなれていればいいんです。
流れをつくっていくことが、すなわち未来をつくるということであり、人類の発展につながる。そう信じています。
もちろん僕は、これからも頑張りますよ。1日でも早く治療を始めれば、30人、40人の子どもたちが助かる。ならば、その1日の決意は、とても大きいはずです。
だからやり続けます。
ただ、それでもいくら僕が頑張っても、やり切れる日は訪れないはずです。けれど、やり切れなくたっていい。少しでも流れをつくれたら、それでいいと思っています。
成功の尺度は、何をどれくらい成し遂げたかという量的な尺度で見られがちです。けれど、これからは「どういう方向性で生きているか」が、さらに問われる時代になるのではないでしょうか。
山田:吉岡さんから見て、僕は例えば30年後、どんな人間になっていそうでしょうか。
吉岡:世の中を引っ張るリーダーになっていることは、間違いないでしょうね。
なぜなら山田さんが目指すビジョンは、世界各国が目指そうとする持続可能な社会づくりと一致するからです。すごくお金持ちにはならないかもしれないけれどね(笑)。
山田:お金持ちにはなれませんか(笑)。
吉岡:まぁその頃には、お金は今ほど価値を持たなくなっているでしょう。お金をたくさん持っているよりも、山田さんの周りに若い人たちがたくさんいる方が幸せだと思いませんか。
山田:幸せですね。
吉岡:きっとそうなると思います。要するに、新しい時代をつくり、周りに与えるものがある人は、年を取った時にも若い人が集まってくる。次世代がついてくるからです。だから、一生忙しい。
一方で、与えるものがない人は寂しい人生になるでしょうね。自分より年上の人しか周りにいなくなる。
ものごとの道理はとてもシンプルで、世の中を大切にしようとした人は、世の中に大切にされるんです。
インタビューの冒頭(「『自分のため』でないと辛さは乗り越えられない」)で申し上げたように、自分が投げたスーパーボールは、必ず戻ってきますから。どの方向へ、どんなボールを投げるか。それを大切にしていきたいですね。
山田:ありがとうございました。力強く背中を押された思いです。
吉岡:ぜひ、日本から世界ブランドをつくってください。勝機はアジアにある。
これからはアジアが世界経済をリードする時代ですから、アジアでトップをとれば、世界でもトップがとれるでしょう。僕は山田さんの人柄が好きですし、応援したい。一緒にあっち側の世界で頑張っていきましょう。
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