虎屋当主「いいものに触れれば語り合いたくなる」
ファクトリエ山田代表が聞く老舗が守り続けたものづくりの精神(前編)
アパレル業界の常識を根底から覆すものづくりに挑戦するブランド「ファクトリエ」。店舗なし、セールなし、生産工場を公開、価格は工場に決めてもらう——。これまでのタブーを破って、日本のものづくりを根底から変えようとしている。つくる人、売る人、買う人の誰もが、「語りたくなる」ようなメイド・イン・ジャパンの新しいものづくりを目指す。本連載では、同ブランド代表の山田敏夫氏が、思いのあるものづくりを実践している人々に話を聞く。連載1回目に登場するのは500年の歴史を持つ和菓子「虎屋」の17代当主の黒川光博氏。創業以降、虎屋が大切に守り続けてきたものづくりの思いとは何か。ファクトリエが開催したイベントで語る黒川当主の話をまとめた。今回はその前編。
写真内右が黒川光博(くろかわ・みつひろ)氏 虎屋代表取締役社長17代当主
1943年生まれ。学習院大学法学部卒業。富士銀行(当時)勤務を経て、1969年に虎屋入社。1991年、代表取締役社長に就任する。全国和菓子協会会長、日本専門店協会会長などを歴任。著書に『虎屋――和菓子と歩んだ五百年』(新潮社)、『老舗の流儀 虎屋とエルメス』(共著、新潮社)がある。(取材日/2018年4月23日、写真/竹井俊晴)
山田敏夫氏の「ファクトリエ」の歩みをまとめた『ものがたりのあるものづくり』
山田敏夫氏(以下、山田):黒川当主とのご縁は、6年ほど前、僕がファクトリエを創業してすぐの頃に、「ものづくりの真髄について伺いたいので、ぜひ会っていただけませんか」とお手紙をお送りしてからのご縁ですよね。以来、何度もお会いさせていただきました。
それも、一度の手紙ではお返事をいただけなかったので、二度書きました。お返事をいただけた時は本当に嬉しかったです。
黒川光博氏(以下、黒川):最初のお手紙から、非常に熱心な方だという印象を受けましたが、たまたま忙しくしていて返事を書けませんでした。
二度目にいただいた時は「また来たか」と思いましたが(笑)、お目にかかると本当に若い青年が現れたので驚きました。
よく訪ねてくださったなと感心しながら、いろいろなお話をさせていただいたことを覚えています。
山田さんは生まれ育った家が100年続く洋品店だと聞き、新しい挑戦を始めようとする志の中に、確かなルーツの存在を感じました。
私は私で、室町時代の後期から500年ほど和菓子屋を営んでいる家に生まれまして、家を継いだ形になります。
京都で創業し、長らく京都で商いをしておりましたが、明治2年の東京遷都に伴い、天皇にお供して御用商人として東京にも店を構えたという経緯があります。
山田:500年。改めて、すごい年月ですね。第二次世界大戦の頃には、代々伝わる書物が空襲で焼けるのを避けようと、川の水に浸けて逃れたという話も聞きまして、老舗が抱える歴史の重みを感じます。
今日は、その歴史を継ぎながらも“革新”に挑む黒川当主のものづくりの哲学について、お伺いしたいと思います。
まず、興味深いのは現在の経営理念として掲げていらっしゃるこちらの言葉について。「おいしい和菓子を 喜んで召し上がっていただく」。この経営理念はいつ頃に決めたものなのでしょうか。
黒川:おそらく30年ほど前だったかと思います。当時は健在だった先代である父と私と社員とで、「虎屋にとって一番大切にすべきことは何だろうか」とじっくり話し、改めて言語化してみたところ、「それは、おいしい和菓子を喜んで召し上がっていただくことに尽きる」と結論付いたのです。
企業理念というのはついいろいろと盛り込みたくなるものですが、単純かつ皆が共通の目的として一つにまとまれるための言葉であることが重要だろうと考えているんですね。
単語一つひとつには、吟味した意味が込められています。
山田:皆が覚えやすいように、あえてシンプルにされたということですね。そして、短い言葉に深い意味を込めたと。
例えば、「おいしい和菓子」という言葉にはどのような思いを込めたのでしょうか。
原材料の段階から思いを込める
黒川:菓子屋ですので、当然「おいしいもの」を出さなければダメ。おいしいものをつくる。その一点に尽きるわけです。
では、おいしいものの鍵となるのは何か。それは小豆、白小豆、寒天、砂糖などの原材料です。
例えば、白小豆にしても、生産者の方々に「よし、虎屋のために一生懸命つくる」と思っていただけるような姿勢をこちらも示していく。
気持ちだけではいいものはつくれませんから、味を測定する科学的な検査を導入したり、意見交換したり、品種改良について一緒に考えたりと、生産者の方と一緒になって原材料と向き合っているつもりです。
ところが和菓子の原材料というのは、いわば自然の農作物ですので、その時の気候によって出来が非常に変動するのです。昨年と同じものが今年もできる、なんてことはほとんどない世界です。
ヨーロッパのワインは「今年のブドウはいい出来だ」と売っていますが、あの方法をうちも早くやっておくべきだったと思っています(笑)。
これは冗談のようで半分真面目な話でして、これからは気候や気象による味のバラつきをあえてオープンにして“味の特徴”として楽しんでいただけるような商品づくりにもトライしていこうと考えています。
山田:「おいしい和菓子」の追求のためになさっていることをすべて挙げるとキリがないとは思いますが、例えば一部の和菓子に使用する「和三盆」も手作業にこだわっていらっしゃるのだとか。
黒川:そうですね。すべて手作りでつくっています。
砂糖をもんで、重石をかけてから水分を抜き、しばらく置いてから、また翌日に同じ行程を繰り返す。
このうちの「重石をかける」部分だけでも機械を使えばいいんじゃないか、なんて私も思ってしまうわけですが、職人に聞くと「石じゃなければダメ」なんです。
いわく「その日の砂糖の状態を見ながら大きな石と小さな石を組み合わせる」と。
そういった思いを聞きますと「なるほど」と思いますし、「でもやっぱり機械化したほうが職人も重い石を持たなくて済んでラクになるんじゃないか」と思ったりもします。
何より、つくり手の思いを大事にしたいと感じます。ですから、できるだけ私も現場に行って一緒に話しながら製品をつくっていきたいと思っています。
山田:そのつくり手の営みを感じられる場所、御殿場の工場と「とらや工房」も伺わせていただきましたが、素晴らしい施設でした。経営理念の後半、「喜んで召し上がっていただく」というコピーにはどんな思いがあるのでしょう。
本物に触れたら、誰かと語り合いたくなる
黒川:精魂込めてつくった和菓子をお客様にお届けする、その間に立つのは売り場の人間です。
売り場で働く彼ら彼女らが、生き生きとした顔で丁寧にお客様に商品をお渡しする。これがとても重要です。
商品を買って下さったお客様が「今日はなんだかいい買い物ができた。早く帰って食べてみたい。家族と一緒に食べてみたい」と楽しみに帰宅され、そして実際に召し上がりながら「おいしいね」と会話が弾む。私たちはそんな存在でありたいのです。
映画でも音楽でも、本当にいいものに触れたら、誰かと語り合いたくなりますよね。
それと同じように「今日の和菓子、おいしいね。これ、どういうものなの?」と会話を生み出すような。そんなシーンをいつも描いています。
山田:なるほど。そして、その「おいしさ」についても言語化されているそうですね。
黒川:「少し甘く、少し硬く、後味よく」と言っています。我々がつくっている和菓子というのは、今の世の中のスタンダードよりかは少しだけ甘いかな、と。
さらに、今は柔らかい食感が主流かもしれませんが、うちの餡子の具合はやや硬い。そして最後に挙げた「後味よく」が最も大切にしたい部分で、口の中に長く甘さが残らないように心がける。
ここでも意識したのは、「シンプルな言葉にまとめる」ということです。虎屋という会社も1000人近い所帯になりましたが、私のような年寄りも、最近入ってきてくれた若者も、皆が同じ目標を目指せるということが大事であると考えています。
山田:老舗の看板に甘んじず、全員が目指すべき方向性を明確に示されてきたことがよく分かりました。
(後編に続く)
アパレル業界の常識を根底から覆すものづくりに挑戦するブランド「ファクトリエ」。
店舗なし、セールなし、生産工場を公開、価格は工場に決めてもらう——。これまでのアパレル業界のタブーを破って、日本のものづくりを根底から変えようとしている。
ファクトリエはどのように生まれ、そしてどのように日本のアパレル業界を変えてきたのか。
つくる人、売る人、買う人の誰もが、「語りたくなる」ようなメイド・イン・ジャパンの新しいものづくりを、一冊の本にまとめました。
失敗を重ねながらも、一歩ずつ、「服」をめぐる「新しい当たり前」をつくってきたファクトリエ。これまでの歩みを知れば、きっとあなたも新しい一歩を踏み出したくなるに違いありません。書籍『ものがたりのあるものづくり』は11月8日に発売します。
また『ものがたりのあるものづくり』の発売を記念して、日本各地で著者の山田敏夫氏によるトークイベントを開催いたします。ご興味のある方は是非ともご参加くださいませ。
■東京
11月13日(火)7:00-「転職にも起業にも効く!逆境からの仕事の創り方」
■東京
11月19日(月)19:00- 中目黒蔦屋書店 (お申し込みは電話受付:03-6303-0940)
■福岡
11月9日(金)19:00- 六本松蔦屋書店「『ものがたりのあるものづくり ファクトリエの「服」革命』刊行記念トーク・サイン会」(お申し込みは電話受付:092-731-7760)
■熊本
11月10日(土)16:00- 長崎書店「『ものがたりのあるものづくり ファクトリエの「服」革命』刊行記念トーク・サイン会」(お申し込みは電話受付:096-353-0555)
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