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「日本に世界ブランドがない」わけではない

齋藤:「日本には世界ブランドがない」と言われますが、それは違っていて、ブランドはあります。和菓子の虎屋さんしかり、何百年もの歴史を刻みながらものづくりを続けてきたブランドはたくさん存在している。

 しかし、それが世界にくまなく流通しているかというと、そうではありません。理由の一つは、現代の世界でメジャーである生活様式が欧米式だからでしょう。主要7カ国のうち6カ国は欧米諸国ですから、羊羹を食べるマーケットはどうしても広がりにくい。商品の開発次第ではまだまだ可能性があるはずです。

 もう一つ、大きな課題があります。それが「伝え方」の不足です。私自身、三越時代に欧州のライフスタイルを日本に紹介していた時に痛感したのは、「単に“いいもの”というだけでは買ってもらえない」ということでした。

 シャンパンも、かつては「日本人は発泡酒を飲みません」と一蹴されたこともありました。その商品に関するストーリーをいかに魅力的に語れるかが重要なのだと知りました。日本のものづくりもストーリーテリングが不足しているために世界に届いていないのだと思います。

 山田さんがファクトリエで形にしようとしているのは、もう一度、日本のものづくりの価値を丁寧に紹介し、物語を伝えて、共感を呼び込んでマーケットをつくるという挑戦ですね。

 私が百貨店からエルメスに移ったのは、フランス人がどうやってものづくりをしているのかをしっかり見たかったためです。エルメスの工房を初めて見に行った時は、感動しました。今もそうですが、エルメスは世界で1万数千人いる従業員のうち、3分の1が職人です。皮革の職人だけで2000人を雇用している。販売員も職人と同じように大切にしている会社です。

 ラグジュアリーブランドという感覚は全くなく、職人のものづくりを大切にしてきた会社なんです。幸いなことに、20世紀に流行ったライセンス契約も一切せずにブランドを守ったので、職人のものづくりが脈々と受け継がれています。

 翻って日本はというと、明治以降の近代化によって伝統的な生活様式が影を潜め、戦後の米国主導の経済発展の中で大量消費型の商品設計が優先されていきました。結果、非常に高いレベルだった日本のものづくりは瀕死の状態になっています。このままなくなってしまえば、日本の損失どころか世界の損失になる。だから、なんとか救いたい。

 工場を主役にした服作りをする山田さんの挑戦は、とんでもなく難しい。けれど、今の時代にキラリ光る希望だとも思います。

山田:ありがとうございます。「日本のものづくりが世界で誇れるレベルである」と思えるのは、どんなところなのでしょうか。

齋藤:例えば先ほど申し上げた「KUSKA」のネクタイは、見た瞬間に「ただものではない」という迫力を感じました。触ってみると「おおっ」と驚く。手織りならではの柔らかな風合いがありながら、織り目はきちっと整っている。

 エルメスもネクタイを作っていますから、私はありとあらゆるネクタイを見てきたけれど、手にしてあれほど感動するネクタイに出合ったことはありませんでした。

 聞けば、若い後継者が昔の手織り機を探し出して、職人の技術を復活させようとしているそうですね。1日数本しか作れない非効率極まりないものづくりだけれど、魂を込めてやっている。そんな話を聞いたら、このネクタイを締めるたびに特別な気持ちになりますよね。

 私が山田さんの本を読んで一番嬉しかったのは、「服とは本来、人を幸せにするものだ」と書いてくださったこと。本当にその通りだと思います。身につけて誇らしくなるもの、幸せを感じられるものを、私たち消費者は選んでいかなければいけない。