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理念やルールは、法律に書かれている

 学長になってからきわめて濃い学びの日々を送っている僕ですが、大学経営に携わるにあたってはじめに勉強したのは、実は「法律」でした。

 ライフネット生命とAPUの大きな違いは何かと言うと、まず「法体系」が挙げられます。

 保険会社の経営であれば、保険業法、保険法や金融商品取引法などさまざまな金融関係の法律を理解しなければなりません。保険会社はそもそも何をすべきかといった理念、何をしてはならないのかといったルールがそこには記されています。

 一方で大学の場合は、教育基本法や学校教育法といった法律の中で、高等教育の在り方や役割が定められています。理念やルール、考え方を知りたければまず法律から、なのです。

 この「まず法律を読め」という考え方は、JR東海の社長やNHKの会長を務められた松本正之さんに教えてもらいました。

 僕と同じ三重県出身で、県人会でお目にかかったのですが、そのとき「NHKの会長になると決まったとき、まず電波三法である放送法を読み込んだ」と言われたのです。

 松本さんは次のように教えてくれました。

 自分は新卒で入社して40年以上JRに勤めていたため(注:入社時は国鉄)、運輸関係の法規は熟知していた。しかし公共放送についてはまったくの素人。

 「経営」という仕事は同じでも、その組織の依って立つべき理念や考え方は違う。それらは法律に書いてあるはずだと考え、まずは放送法を読んだ。するとNHKという組織は何をすべきで何をしてはならないかが理解できたので、それを頭にたたき込んだ――。

 法律とは何かと問われれば、僕は「取扱説明書」だと答えます。

 日本の法律は、この国はどのような考えでできていて、どのように取り扱えばいいのかを記した説明書。はじめて使う機械を操作するときに取扱説明書を読むのは当たり前ですよね。松本さんの「まず法律」という考えはとても腑に落ち、僕も真似させてもらったというわけです。

 余談になりますが、フランス大統領エマニュエル・マクロンが書いた『革命 仏大統領の思想と施策』(ポプラ社)という本は読まれたでしょうか。一見、大統領選に出るためのプロパガンダ本のようですが、彼の生い立ちから思想、描く未来までが見事に描かれており、とても魅力的な一冊です。

 特に僕が感心したのは、マクロンが第五共和制の憲法を彼なりに読み解き直しているところ。その上で、「フランスという国は人々を解放する1つのプロジェクトであり、それを目指す共和制である」と定義しているところです(フランス人のことは「フランス語を話す者」と定義しています)。

 では一体、どのように人々を解放するかというと「新しい人」を国会に入れることだとマクロンは述べます。

 自分の利益のために動くプロの政治家ではなく、女性や若者などの政治素人である「新しい人」が政治に携わることによって、初めて革命が起こる。人々を解放できる。一般人が政治に参加することで、右でも左でもない「前」に行くことができるのだ。

――この強いメッセージは、「憲法」という確固たる理念に則ってフランスを定義し直しているからこそ、揺らぎないものになっているのでしょう。

 実際、彼が大統領になって行われた国民議会選挙では、女性が当選者のほぼ半数を占めました。彼の思惑どおり、「新しい人」が国会に入ったのです。マクロン率いるフランスが今後どうなるか、俄然興味が湧きませんか。

 余談が長くなりましたが、組織や国のあるべき形は「取扱説明書」である法律や憲法にこそ記されています。ここを無視しては、地に足のついたすばらしいビジョンは描けないのです。

 僕も学長に決まってから、教育に関係する法律はしっかり読み込んできました。

 その上で、これからの日本……いえ、世界を背負う人間を育てる高等教育を担う者として、APUはどうあるべきか考え続けなければなりません。マクロンのように、未来を描きながら。

(構成/田中裕子)