「はい!」と元気に手を挙げる声、ネイティブのような英語の発音の小学生、はたまた高校生とは思えぬ高度なディスカッションに、真剣なまなざし――。
僕は立命館の副総長を兼務しているので、学校法人立命館の小学校や中学・高校にも足を運び、その教育について勉強してきました。
立命館学園は小学校を京都に1つ、中学・高校を京都に2つ、滋賀、北海道と全部で4つ擁しています。
IB(国際バカロレア)校でもあり、この中でもAPU(立命館アジア太平洋大学)へ進学する生徒が多いのは、まず立命館宇治高校。ここは校長先生が米国人で、グローバル教育に力を入れています。カナダ、ニュージーランド、オーストラリアいずれかへの1年間の留学を必須とするコースを用意し、海外の大学進学も手厚くサポートしています。
先日、ここの卒業生で現在APUに通う女子学生と話す機会がありました。
寮生活はどうかと聞いてみると、「高校でニュージーランドに留学していたときと同じく、ルームメイトは中国人です。彼女たちは必要以上につるまないのでこちらも気を遣わずに済むし、気楽で楽しいですよ」と話していました。「日本人しかいない大学には進学するつもりはなかった」とも。
自分と違う文化を持つ人とうまくやるコツを既に身につけ、その「違い」を楽しんでいる。頼もしいものだと思いました。
それからAPUへの進学者が多い附属校で言うと、別府から遠く離れた北海道の立命館慶祥高校も挙げられます。文部科学省が定める「スーパーグローバルハイスクール」と「スーパーサイエンスハイスクール」に指定された、先進的な教育が注目されている学校です。
「スーパーサイエンスハイスクール」にも選ばれている札幌の立命館慶祥中・高校
しかもこの高校は、「スーパーサイエンスハイスクール」の重点校14校のうちの1校に選ばれています。この14校は立命館慶祥高校以外、すべて公立校。いわゆる地方の名門校です。文字どおり「私立で唯一選ばれた」とも言える慶祥高校ですが、実際、学校行事も普通の高校とは質が違います。
例えば、修学旅行はただの「旅行」ではありません。
普通の高校だと、学年全員で同じ場所に行き、同じような旅程を組みますよね。ところが立命館慶祥高校は、生徒の興味に応じて7~8カ所の行き先を、しかも「一流の場」を用意しているのです。
物理や数学に興味のある生徒はNASA(米航空宇宙局)に連れていく。自然生物に興味がある生徒はガラパゴス諸島に。歴史や国際平和に興味がある生徒はアウシュヴィッツに。発展途上国や国際貢献に興味がある生徒はアフリカのボツワナに――。
生徒は自分の興味に従い最先端かつもっとも学びがある場所に「旅」することができるのです。
単に観光旅行をするだけ、机上の勉強をさせるだけではもったいない。多感な時期にこそこういった場所へ連れて行くことが人生にどれだけ大きな影響を与えるのか、想像に難くないでしょう。しかもこの高校は、道内有数の進学校であるばかりではなく、文化活動やスポーツでも全日本クラスの「文武両道」を両立させているのです。
トップの熱意が教育を変える
初等教育を担う京都の立命館小学校では「ファンクショナルバイリンガル教育」と呼ばれる、英語をツールとして使いこなすためのグローバル教育に力を入れています。
ファンクショナルバイリンガル教育を実践する立命館小学校
普段の授業の充実ぶりはもちろんのこと、前回(「部下を職場に過剰適応させないのが、上司の仕事」)お話ししたAPUの「マルチカルチュラルウィーク」にも似た、「ワールドウィーク」というイベントや、小学生ながらに、2ヵ月の寮滞在などの留学制度も充実。世界をより身近に感じる工夫がこらされています。
一方で、プロの陶芸家を呼んでお茶碗を作り、それを使って裏千家流のお茶を点てて家族にふるまうといった授業もあります。
ただ日本の伝統を学ぶだけではなく、本物に触れさせる。海外に目を向けるだけではなく、日本をも見つめ直す。「ほぼ日」の糸井重里さんをお連れしたところ、「こんなにおもしろい小学校が日本にあるのか!」ととても喜ばれていました。
立命館学園の小学校から中・高校までを見て思ったのは、やはり「組織を変えるのはトップだ」ということです。
ユニークでいい教育をしている学校は、トップである校長先生が教育に対して強い情熱と使命感、信念を持っています。
紹介した特徴のある教育方針は、じつは立命館学園全体の方針ではなく各校長先生の裁量によるところが大きいのです。それぞれの校長が、次世代を担う子どもたちにとって「いい教育」は何かと考え尽くし、実行に移した結果なのです。
ほかにも小学校を卒業した子どもたちが進む立命館中高では、12年一貫の教育に取組んでいますし、滋賀県の立命館守山中高では、立命館大学の理工系学部と一緒になって、生徒を育てる高大連携を進めています。
立命館守山中・高校は、立命館大学の理工系学部との連携を進めている
これは立命館学園にかぎった話ではありませんが、学校経営も企業と同じで、「適性のある人を見つけて任せることが全て」と言っていいでしょう。
僕は、教育は「家庭」「学校」「地域」のトライアングルで回していくものだと考えています。
その中で学校は、できるだけ多くの「人・本・旅」を与えるのが主な役割。立命館学園の附属校は、すべてこの「人・本・旅」を大切にしていると感心させられました。
もちろん「人・本・旅」は、APUに来れば存分に経験できますよ。
でも、あらゆる経験は若いに越したことはありません。若い頃に難解な本に立ち向かって挫折をしても、「一度はトライした」という経験になるし、グローバルに飛び出す経験だって、早いほうが吸収できるものが多いに決まっています。
僕の大好きな漫画家のヤマザキマリさんは、14歳でヨーロッパ一人旅をしているのですから。
理念やルールは、法律に書かれている
学長になってからきわめて濃い学びの日々を送っている僕ですが、大学経営に携わるにあたってはじめに勉強したのは、実は「法律」でした。
ライフネット生命とAPUの大きな違いは何かと言うと、まず「法体系」が挙げられます。
保険会社の経営であれば、保険業法、保険法や金融商品取引法などさまざまな金融関係の法律を理解しなければなりません。保険会社はそもそも何をすべきかといった理念、何をしてはならないのかといったルールがそこには記されています。
一方で大学の場合は、教育基本法や学校教育法といった法律の中で、高等教育の在り方や役割が定められています。理念やルール、考え方を知りたければまず法律から、なのです。
この「まず法律を読め」という考え方は、JR東海の社長やNHKの会長を務められた松本正之さんに教えてもらいました。
僕と同じ三重県出身で、県人会でお目にかかったのですが、そのとき「NHKの会長になると決まったとき、まず電波三法である放送法を読み込んだ」と言われたのです。
松本さんは次のように教えてくれました。
自分は新卒で入社して40年以上JRに勤めていたため(注:入社時は国鉄)、運輸関係の法規は熟知していた。しかし公共放送についてはまったくの素人。
「経営」という仕事は同じでも、その組織の依って立つべき理念や考え方は違う。それらは法律に書いてあるはずだと考え、まずは放送法を読んだ。するとNHKという組織は何をすべきで何をしてはならないかが理解できたので、それを頭にたたき込んだ――。
法律とは何かと問われれば、僕は「取扱説明書」だと答えます。
日本の法律は、この国はどのような考えでできていて、どのように取り扱えばいいのかを記した説明書。はじめて使う機械を操作するときに取扱説明書を読むのは当たり前ですよね。松本さんの「まず法律」という考えはとても腑に落ち、僕も真似させてもらったというわけです。
余談になりますが、フランス大統領エマニュエル・マクロンが書いた『革命 仏大統領の思想と施策』(ポプラ社)という本は読まれたでしょうか。一見、大統領選に出るためのプロパガンダ本のようですが、彼の生い立ちから思想、描く未来までが見事に描かれており、とても魅力的な一冊です。
特に僕が感心したのは、マクロンが第五共和制の憲法を彼なりに読み解き直しているところ。その上で、「フランスという国は人々を解放する1つのプロジェクトであり、それを目指す共和制である」と定義しているところです(フランス人のことは「フランス語を話す者」と定義しています)。
では一体、どのように人々を解放するかというと「新しい人」を国会に入れることだとマクロンは述べます。
自分の利益のために動くプロの政治家ではなく、女性や若者などの政治素人である「新しい人」が政治に携わることによって、初めて革命が起こる。人々を解放できる。一般人が政治に参加することで、右でも左でもない「前」に行くことができるのだ。
――この強いメッセージは、「憲法」という確固たる理念に則ってフランスを定義し直しているからこそ、揺らぎないものになっているのでしょう。
実際、彼が大統領になって行われた国民議会選挙では、女性が当選者のほぼ半数を占めました。彼の思惑どおり、「新しい人」が国会に入ったのです。マクロン率いるフランスが今後どうなるか、俄然興味が湧きませんか。
余談が長くなりましたが、組織や国のあるべき形は「取扱説明書」である法律や憲法にこそ記されています。ここを無視しては、地に足のついたすばらしいビジョンは描けないのです。
僕も学長に決まってから、教育に関係する法律はしっかり読み込んできました。
その上で、これからの日本……いえ、世界を背負う人間を育てる高等教育を担う者として、APUはどうあるべきか考え続けなければなりません。マクロンのように、未来を描きながら。
(構成/田中裕子)
Powered by リゾーム?