岡倉天心の「Asia is one」

岡倉天心(1863~1913年)(写真:akg-images/アフロ)

 「Asia is one.(アジアは一つである。)」

 明治の思想家、岡倉天心(岡倉覚三)が1903(明治36)年に書いた『The Ideals of the East(東洋の理想)』は、この一文から始まる。

 東京美術学校校長であり日本美術院創立者の岡倉天心は、ボストン美術館東洋部長も務めていて英語が堪能だった。天心がインド滞在中に執筆したこの本は英語で書かれ、日本で紹介される1939年までは海外で読まれた。

 岡倉天心は「普遍的なものを求める愛」をアジア民族共通の思想とし、「Asia is one」と表現した。

 儒教をはじめとした中国の思想やインド伝来の仏教が日本文化の基礎となっていることを前提に、天心の思想のなかでは20世紀初めからアジアはすでにひとつにまとまった存在だったのだ。

 翻って今年11月、フィリピンで開催されたRCEP(東アジア地域包括的経済連携)閣僚会合では、目標としていた2017年内の合意が断念され、来年以降も継続交渉することが確認された。高度な貿易自由化レベルを求める日本やオーストラリアと、自国産業の保護を考えるインドや中国、インドネシアなどの意見には関税分野でもいまだ溝があり、電子商取引(EC)などのルール分野でも議論が収束していない。

 岡倉天心が語った美術・思想の世界と違い、通商の世界では「Asia is one」の実現には乗り越えなければならない壁が残っている。

アジア経済は何ひとつ統一されていない

 実際のところ、経済や通商の世界で今の世の中はどれだけ「Asia is one」に近づけているのだろうか。

 まずは通貨だ。EUと違い、アジアの通貨は国によってバラバラである。

 1997年以降のアジア通貨危機を経た後、域内貿易比率が高まってきたこの地域では、ユーロが好調だった2005年前後にアジア共通通貨の構想が浮かび上がった。しかしながらEU以上に域内経済格差があり金利政策も異なるアジア各国がこれを実現するのは容易でない。現在となってはユーロの先行きも怪しく、今日にアジア共通通貨を提唱する声は小さい。