貿易統計がとれなければ「America First」も叫べない

 3Dプリンティングによる脅威のうち、市民や社会が最も懸念するのが「安全保障貿易管理ができなくなる」ことによる銃器の氾濫であることを認識しつつも、通商の専門家たちにはもうひとつの懸念がある。

 それは、「貿易統計がとれなくなる」ことだ。

 経済実態としては、冒頭に挙げたINGレポートが分析しているような「貿易の減少」となるのだが、産業連関の実態に沿った貿易統計がとれなくなることのインパクトは大きい。

 捕捉可能なビジネス取引ではなく、グローバルなオンライン上で設計データの共有を個人間で自由に行った結果としての、3Dプリンターでの「印刷」による需要の充足。これが増えれば、国家間には「物品貿易収支」も「サービス貿易収支」も計上されないまま、ただ汎用的な樹脂や金属といった3Dプリンター消耗品が、設計データの移動とは無関係に量産、貿易され続ける。

 こうなると、国内産業保護を目的とした輸入超過のセーフガード措置や、他国製品の不当廉売に対するアンチダンピング課税など、現在政府が持っているほとんどの貿易関連ツールが機能しなくなってしまうのだ。

 TPP(環太平洋経済連携協定)や日EU経済連携協定(EPA)などの自由貿易交渉はすべて、貿易統計に基づく輸出入の実態から「センシティビティ」(慎重な検討が必要な重要品目)と呼ばれるものの保護必要性を分析して攻守が成り立っている。これも、3Dプリンティングの世界では機能しない考え方だろう。

 米トランプ大統領が声を荒げる「中国や日本からの貿易赤字が悪い」という主張も、貿易統計が産業や消費の実態に即したものだから意味があるのだ。

メカ・素材・情報通信の専門家の「通商」参画を歓迎

 一言で言えば、3Dプリンティングが本格的に普及した世界では、現在のWTOルールのほとんどが機能しないのだ。

 3Dプリンティングは、日本の平和な社会の礎となってきた銃規制の実効性を揺るがし、世界平和を目的としてつくられたWTOルールをも根底から覆す。──こんなホラーストーリーが近い将来、少なくとも今日より深刻に議論されることは間違いないだろう。

 自動車の無人運転に対する規制の必要性と同じく、イノベーションとルールは同時に語られる。

 今年に入り、NASA(米航空宇宙局)が宇宙食の高度化の模索の一環として、ピザを3Dプリンターで作るスタートアップ企業に投資したことが報道された。個人の身体的特徴にぴったり合った形状にすることが望ましい義手や義足は3Dプリンティングに適した用途のひとつだ。これほどまでに目に見え、手に触れられる形で世界を変える技術は他に類を見ない。

 今後、「通商のルールづくりが追いついていないから」という理由により、3Dプリンティングの無限の可能性にブレーキがかかることは避けねばならない。

 メカトロニクス、素材、情報通信の多くの専門家の、「通商」畑への参画をお待ちする。