バングラデシュの風船工場で働く子どもたち(写真:Barcroft Media/アフロ)
「雇い主は、僕が仕事でミスをすると、たばこの火を押し付けたり、蹴ったり、殴ったりするんだ。お昼ごはんを食べるのが遅くて、お皿を顔に押し付けられたこともある」
「同じ場所で働いていた一人の子が、あまりに辛くて自分の親に言ったんだ。それで親が雇い主に文句を言いに来たんだけど、その翌日からその子の姿は見えなくなっちゃった。親は探したけれど見つからなくて、あの子はきっと殺されちゃったんだと思う。だから僕は、親には相談しなかった」
これは、認定NPO法人ACE代表の岩附由香氏が、インド繊維工場で児童労働をしていた男の子の声を伝えてくれたエピソードだ。(認定NPO法人ACE『チェンジの扉 児童労働に向き合って気づいたこと』)
国際労働機関(ILO)の発表によれば、世界には1億5200万人の子どもが児童労働をしている。その数はなんと、日本の人口よりも多い。
そして、児童労働で作られた商品を輸入して買っているのは、我々先進国の消費者だ。
「児童労働」によらない商品を見つけられるか
そもそも、児童労働とは何か。
貧困によって子どもが「働かなければならない」現実が途上国にあることも、我々は分かっている。
「児童労働(Child Labor)」は、「子どもが働くこと」すべてを指す言葉ではない。
国際条約の定義では、子どもを18歳未満とした上で、
- 1)就業最低年齢(通常15歳)未満の児童による軽易ではない労働
- 2)15歳~17歳の子どもによる、危険有害労働等、法律で禁じられている労働
を、「児童労働」としている。
中でも、債務奴隷や人身取引、子ども兵士、子どものポルノや買春などは「最悪の形態の児童労働」と呼ばれており、一刻も早い撤廃が各国に求められている。
お手伝いやアルバイトなど、子どもの教育や安全が妨げられないものは、「子どもの仕事(Child Work)」として区別される。
このスーパーで手に取ったチョコレートには、ガーナの子どもが重いカカオの実を運ばされてできたものじゃないだろうか。その子は学校に行けていたのかな。
このホームセンターで売っているレンガは、親の借金のカタで売られた4歳からの子どもたちが粉塵と汚泥にまみれたインドの工場の、平均30歳代で死んでしまうような環境で作ったものじゃないだろうか――。
だが実のところ、自分が買う商品の生産プロセスにおいて、児童労働がなかったかどうかを自分の目で確かめることは難しい。
日本はフェアトレード「超」後進国
では何を頼りに、児童労働によらない商品を見つければいいのか。
役に立つのが「フェアトレード認証」だ。
国際フェアトレード認証の基準は厳格で、原料生産から加工、輸出入・製造のサプライチェーンすべての組織が監査される。合格した製品にのみラベルを貼ることが許されるのだ。
チェックされる主な視点が、「適正な価格を保証」「自然環境に配慮」、そして「人権を守る」こと。このなかに「児童労働および強制労働を排除する」という基準が含まれている。
フェアトレード製品の生産者は、安全な労働環境、人権の尊重、人種差別・児童労働・強制労働の禁止などILO条約(国際労働条約)を守ることが求められる。
さて、ここで質問。
国際フェアトレード認証であるFairtrade Internationalによる「フェアトレードラベル」のマーク、あなたはいますぐ描けるだろうか。
うろ覚えでも思い出せない場合、せめて、何色かご存知だろうか。
正解はこちら。
残念ながら、日本ではこの国際フェアトレード認証ラベルの認知はいまだとても低い。
2015年の日本フェアトレード・フォーラムの調査によれば、このラベルを「見たことがない」人は85.2%にものぼった。「意味も知っている(=認知度)」という回答は6.3%だけだ。
世界の130カ国以上で流通している国際フェアトレード認証製品の市場規模は約9470億円(約79億ユーロ:2016年)。このうち、日本の市場規模は約1.2%の約114億円にとどまっている(Fairtrade International年次レポート2017年)。
同年の世界GDPに占める日本のシェアが6.6%(IMFデータ)なのだから、これは小さ過ぎる。
この市場が最も大きなイギリスは日本の約30倍、続くドイツは約13倍の規模だ。
この違いは何か。
日本の消費者は、品質への意識が強すぎる一方で、フェアトレード製品に対する信頼が低い。「ニワトリとタマゴ」の関係だが、消費者に選んでもらえるものでなければ、流通側も積極的に扱わない。これに対して、これまで日本政府は大した施策を打ってこなかった。
イギリスには、政府内に「国際開発省(Department for International Development)」という開発途上国に対する支援を行う機関があり、フェアトレード団体への融資を行っている。
税金で運用される政府機関がこのような活動をしているのだ。
イギリス国民の7割近くが「開発途上国の貧困に関心あり」「その問題は自分にも関係がある」と捉えている調査にも頷ける。
一般社団法人エシカル協会代表理事の末吉里花氏は、この背景には学校教育による啓蒙も大きいと指摘する。
「2025年にまでにすべての児童労働を撤廃」のための通商ルール
2015年に国連が定めた「SDGs(持続可能な開発目標)」は、2030年までの世界の経済・環境・社会のありたい姿をまとめたものだ。
この目標の中には、
(目標8 ターゲット7)2025年までにすべての形態の児童労働を撤廃する
というものがある。
日本の人口よりも多い1億5200万人の児童労働を、あと6~7年でゼロにするというのだ。
ILOの統計では、児童労働の数は年々減ってきているとされる。それでも、今の世界の取組みではこの目標を達成することはきっと難しい。
企業がサプライチェーンを見直すこと、消費者が意識を変えること。このための活動は、世界中でどんどん活発になるだろう。
だが、その自発的なアプローチだけで、2025年に間に合う気がするだろうか―――。
変わるべきはFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)といった通商ルールだ。
はっきり言おう。これまでのFTAやEPAにおける「労働」章は、内容が薄すぎる。
ほぼすべてのFTAやEPAにおいて書かれているのは、「低コストの労働者をウリにして投資を誘致することはダメ」だということの「確認」と、「ILOの取り決めをしっかり守ってね」という内容ばかり。
それが努力規定か義務規定かの違いはあっても、既に国際条約で決まっている内容をコピーしているに過ぎない。
ILO加盟国はそれを協定内で「再確認」し、ILOの関連規定を批准していない国はその遵守を求められるのみだ(それを途上国に納得してもらうだけでも、交渉には大きな苦労が伴うのだが)。
2019年に発効予定のTPP(環太平洋パートナーシップ協定)においては、「強制労働(児童の強制労働を含む)によって生産された物品を他の輸入源から輸入しないよう奨励する」という言葉が盛り込まれたことは特筆に値する。が、これも「自国が適当と認める自発的活動を通じ」という前提だ。
これでは、2025年までに児童労働を撤廃できないのだ。
いくら国全体としてILO規定に沿う意思を示したところで、ひとつひとつのビジネスを監督できるわけではない。
「国際フェアトレード認証ラベルを取得した製品は、一律すべて関税ゼロにする」
「締約国は輸出入の通関のときに、児童労働がない証明、または児童労働をなくす取組みを提示すること」
もしも、このようなパワフルな規定が通商協定にあれば、世界は大きく変わるだろう。そうでなくても、例えば、
「締約国は、自国のフェアトレード商品の輸出入の実績や、国内市場を拡大させるベストプラクティスを相互に共有する」
といった経済協力の規定があるだけでも、これまでとは大きな違いだ。
通商交渉に携わる現役の官僚各位は、「そんな規定を入れ込むのが難しいのは、あなたが一番よく分かっているだろう」と笑うかもしれない。
だが、まず日本から世界に「提案」してみてほしい。
米トランプ政権は、NAFTA(北米自由貿易協定)の改定交渉のなかで突如、「乗用車および小型車は価格の40%に当たる作業に時給16ドルの賃金を支払うこと」という提案を出した。
これはもちろん「Buy American, Hire American」の自国第一主義のための要求だ。この提案の内容そのものがヒントなのではない。
トランプ大統領を見習うべきは、目的のためのこのストレートさだ。
たとえ過去のFTA協定に前例がなくても、素人のように新たなルールを発想する。社会課題解決のためにこそ、ときにこの強引さが必要となる。そうでなくては、日本の人口よりも多い児童労働を無くすことなど、夢のまた夢だろう。
「公正な貿易」と「フェアトレード」
今年8月9日、アメリカのワシントンで日本の新たな通商協議「FFR」の初会合が開催された。
茂木経済財政・再生相とライトハイザー米国通商代表部(USTR)代表の間で開かれたこの「FFR」は、「Free(自由)」「Fair(公正)」「Reciprocal(相互的)」という3つの頭文字を並べた言葉だ。
文字通り「Free(自由)」は関税削減について、「Reciprocal(相互的)」は輸入額の均衡について議論が交わされることが予想される。
問題は「Fair(公正)」だ。
もちろん日米間の協議なのだから、この両国に限ったフェアネスについて話し合うのだろう。だが本当は、この経済大国にはもっと違う「フェア」の議論を深めてほしいのだ。
先進国の間の「Fair(公正)」の議論は、歴史が繰り返されている。
最初は1881年にイギリスが設立した「国民公正貿易連盟(The National Fair Trade League)」だ。当時はアメリカやドイツの保護主義に対して、産業革命後のイギリスが「公正な」貿易を主張した。
そして今日また、先進国同士で同じ議論が交わされている。
WTO(世界貿易機関)の推進力が失われ、途上国の開発アジェンダよりも「自国ファースト」が主張される今だからこそ、途上国との「フェアトレード」についてリーダーシップを発揮する国が必要なのだ。
日本は、児童労働の撤廃につながる「フェアトレード」では、「超」がつくほどの後進国。消費者の意識が変わるのを待っていられない。通商で世界に発信するメッセージから、一気に変えていくことが必要だ。
ノーベル平和賞カイラシュ・サティヤルティ氏の言葉
2014年12月、史上最年少の受賞となったパキスタン人のマララ・ユスフザイさんとともにノーベル平和賞を受賞したインドの人権活動家カイラシュ・サティヤルティさんは、授賞式のスピーチの中でこう述べた。
There is no greater violence than to deny the dreams of our children.
(子どもたちの夢を否定することほど、大きな暴力はありません)
I refuse to accept that the world is so poor, when just one week of global spending on armies is enough to bring all of our children into classrooms.
(世界のたった一週間分の軍事費があれば、すべての子どもたちを学校に通わせることができるのに、そんなお金はないという世界を、私は受け入れることはできません)
FTAなどの通商ルールで「稼げる」のは、先進国の企業だけであってはならない。
途上国の産業もフェアに利益を上げて、子どもを危険な労働から救うことにつながる協定づくりを期待したい。
当コラムの執筆者の書き下ろし書籍『稼げるFTA大全』が発売になります。
TPP11や日本EU・EPA(経済連携協定)。2019年には大規模FTA(自由貿易協定)が相次ぎ発効される見通しです。けれど、果たしてこれらの動きが、日本の企業にどんな影響を与えるのか、十分に理解している経営者やビジネスパーソンは少ないのではないでしょうか。
しかし本書で指摘しているように、「関税3%は法人税30%に相当」します。仮に、これまで輸出入でかかっていた関税がゼロになれば、それを活用するだけで、昨日と同じビジネスを続けていても、ザクザクと利益を生み出すことができるのです。ほかにも、海外企業のM&Aがよりやりやすくなったり、各国GDPの10~15%を占める「政府調達」に入札しやすくなったりするなど、FTAを活用することで、ビジネスチャンスはぐんと広がります。
同時に、FTAのルールをきちんと守れていなければ、税関当局の指摘を受けてしまい、サプライチェーンが止まるという甚大な被害を受けることもあります。
日本初、企業が「稼ぐ」ためのFTA攻略本をみなさんの会社の経営に役立ててください。
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