国民性が表れる交渉術

――そういった厳しい交渉を成功させる極意は何でしょうか。

甘利:大切なのは、各国と交渉担当大臣のスタイルを認識することでしょう。

 例えば日本は、オーストラリアの担当大臣とは人間関係ができているから、本音をさらけ出して語り合える。妥協が早いですよね。

 私がオーストラリアの大臣と焼き肉店で話し合って、先方が「うちはここまで関税を下げてほしいと思っている。けれど日本はこのくらいの関税に留めたいと言っている。それならお互いの間を取ってこのくらいでどうだろう」と率直に交渉してきます。だから私も「いいよ」と承諾して、交渉は5分で決まります。それが日豪のFTAでした。

 ところが、アメリカは取れるところまで押していこうという交渉スタイルです。だからとても疲れるし、時間もかかる。最初は非現実的なむちゃくちゃな数字を言ってくるわけです。「何を言っている、それは建前でしょう。本音は?」と聞いても簡単には言いません。

――アメリカとの交渉ではそこを理解する必要があったわけですね。

甘利:アメリカ流の交渉スタイルと、交渉担当官の性格の両方を知る必要がありますね。

 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)で米国側の交渉官を務めたマイケル・フロマンは国際弁護士ですから、それは交渉上手です。それもトランプ大統領を始め、アメリカは1対1の交渉を重視しています。話がまとまらないと、フロマンは「じゃあ私は世界行脚をしてくる」と東南アジアの各国を回りに行きました。

 アメリカは、1対1で大臣が承知しない時には、その国のトップと面談して、「これでやってくれ」と交渉したりします。もちろんアジアの各国トップだって一筋縄ではいきません。総理大臣や大統領が承諾しても、その内容が大臣まで下りてなかったりする。

 結局、大臣同士が集まって会合を開いても合意に至らず、アメリカがかんしゃくを起こすわけです。アメリカはそんな交渉スタイルですから、本当に骨が折れましたね。

お宝が眠る“関税鉱山”

――日本も企業が通商交渉の過程でもっと声を上げて要求をしていった方がいいという主張もあります。

甘利:確かに、アメリカは議員の発言が業界を代表しています。すごい分かりやすく、ものの見事に。日本でそこまでやると、すぐまたたたかれてしまいます。

 ただ、その産業界が何の問題に直面して、何に困っているかというのは、ちゃんと意思表示をした方がいいですよ。それは、世界中みんながやっているわけですから。

 皆さんが実体経済に直面していく中で、何に困っていて、何にハンディを感じているのかという情報は、極めて重要で、参考になります。

 私たちが各国と交渉する場合も、アメリカのように、後ろに控えている人たちが実態を握っている場合と、直接何も知らない場合では、交渉の仕方も変わってきますよね。

通商交渉の過程を聞くと、企業側ももっとちゃんと使いたくなりますよね。

甘利:ぜひ、活用してもらいたいですね。『稼げるFTA大全』の中には次のような一段落がありました。

 通商ルールへの対応が不十分なことで利益を失っていることを、ある経営者は「“文系”の不作為」と呼んでいた。生産や開発の現場では“理系(エンジニア)”の社員が日々、コストダウンに血眼で取り組んでいる。それなのに、本社や事業部の“文系(管理や事務の担当)”の社員が、「ルールを十分に理解せずに何十%もの利益を逃していました」という事態が起こっている。これは万死に値する、というわけだ。

甘利:これはまさにそうですよ。都市鉱山という話がありますが、FTAを活用して、企業に眠る“関税鉱山”を掘り当てれば、それだけで利益を生み出すことができる。それほど大きな利益が隠れている、ということです。