マシュー・カルブレイス・ペリー(1794~1858年)と黒船 (画像:PIXTA)

日EU経済連携(EPA)大枠合意でワイン関税撤廃

 「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たつた四杯で夜も眠れず」
 外交・通商交渉に関心のない人でも、日本史の授業で習ったこの幕末の狂歌は記憶にあるだろう。

 嘉永6年(1853年)、アメリカ東インド艦隊司令官マシュー・カルブレイス・ペリーが率いる4隻の軍艦が神奈川県浦賀沖に投錨した。
 「上喜撰」という高級ブランド茶をたった四杯飲んだだけで、つまり、「蒸気船」が四隻来航しただけで、夜も寝られなくなるほど江戸の太平が危ぶまれたという風刺だ。

 本年7月6日に大枠合意した日EU経済連携協定(EPA)では、⽇本から輸出する⾃動⾞のEU側の関税撤廃のほか、欧州からのワインに対する⽇本の輸⼊関税の即時撤廃が約束された。

 この欧州産ワインに対する日本の輸入関税撤廃には、ペリー来航からはじまる永い歴史がある。日本のワイン愛好家は、日EU EPAによって値下げされる欧州ワインに舌鼓をうちながら、日本の通商の歴史に想いを馳せてみてはいかがだろうか。

日米修好通商条約は「不平等」条約

 日本のワイン輸入に対する高い関税率は、ペリーの来航で締結された日米和親条約の4年後に締結された安政5年(1858年)の『日米修好通商条約』に端を発することはあまり知られていない。

 米国との間で結ばれたこの条約に続いてオランダ・ロシア・イギリス・フランスとの間でそれぞれ結ばれた修好通商条約は「安政の五カ国条約」と呼ばれる。