プラットフォーマーも、責任をとるべきだ

 最後に責任を負うのは誰なのか? この新たな時代に、みんながまだその答えを探している。制度への信頼に替わるようなメカニズムをかき集め、いじくり回し、同時に責任の所在に関わる古い世界の欠陥もなんとか修復しようとしている。一方で、プラットフォームはこうしたことをすべて含めて自分たちの役割を模索している。人々をつなぐだけの単なる仲介者か、それ以上の存在になるのか?(『TRUST』第4章)

 信頼の分散化には、問題もあります。それは責任の所在が曖昧になることです。これについてはUBERドライバーが起こした殺人事件を例に、ボッツマンもかなり力を入れて書いています。

 UBERドライバーの起こした殺人事件は、UBERに責任があるのか。それとも、UBERはただのプラットフォームで、責任はないのか。ここはまだ、解決できていない問題です。けっきょく誰に何を訴えればいいのかわからないまま、たらい回しにされるのが現状です。

 信頼を売り物にしているプラットフォーマーは、信頼を担保する仕組みをテクノロジーや人的なものの両面から構築していくべきでしょう。

 ネット上の無料の宿泊コミュニティ「カウチサーフィン」も事件が起きたあと、IDの確認を強化するようになりました。Airbnbも、免許証などをチェックするシステムを導入しました。

 その上で、ユーザーからアラートがあったときに、危険なプレイヤーをシステム的に除外する、といった措置も必要だと思います。

 こうした信頼の問題は、破壊的なイノベーションを起こしたサービスでよく見られることです。『TRUST』では、ハバスメディアで上級副社長を努めるトム・グッドウィンのこんな言葉を紹介しています。「世界最大のタクシー会社であるUBERは、車を1台も所有していない。世界でもっとも利用者の多いメディアであるFacebookは、コンテンツを作らない。世界でもっとも価値の高い小売企業のアリババは在庫を一切持っていない。世界最大の宿泊業者であるAirbnbは不動産を持たない。何か面白いことが起きている」。

 どの企業も、他人のコンテンツをマッチングさせているだけだ、と。この場合のコンテンツは、他人の持ち物という意味で使っています。だから、そこに責任はない、という理屈です。でもどの企業も手数料をとって利益を上げ、時価総額も上がっている。責任だけ負わない、というのは無理な話だと思います。AirbnbもeBayもユーザーが被害にあったときのための保険があります。それは良いことですが、事後だけではなく、事前に信頼リスクをどう回避していくのか、新たなテクノロジーの導入など、その利益の一部を研究開発に向けるべきだと思います。

 もはやこれらの企業は、ただのマッチングサービスとは言えないくらい、社会的な影響力が大きくなっているからです。

 新聞社などのメディア企業が報道倫理を求められるように、巨大プラットフォーマーにも倫理観が求められるのは当然の流れでしょう。Googleが、EUの「忘れられる権利」法案に関する諮問委員会のメンバーに、情報哲学と倫理を専門とするオックスフォード大の教授を入れているのは、興味深い流れです。