アイデアだけではビジネスは発展しない。新しいアイデアがどれほど遠く、速く、永久に広がり続けるかを決めるのは信頼だ。大切なのは人がお互いを信頼し合うかどうかではなく、どうしたらアイデアそのものを信頼してもらえるかという点にある。
『TRUST 世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか』(日経BP社刊)から一部を抜粋し、新しいアイデアへの信頼を築き、ビジネスを成功させるための戦略を解説する。
信頼の積み木重ね
この10年間、わたしは製品・サービスや情報といったものを多くの人に届ける方法を根本的に変えるようなシステムを数多く研究してきました。このような事例における信頼の仕組みには微妙な差異があり、その背景には、人が信頼を構築する際に必ずたどる行動パターンがあります。わたしはそれを「信頼の積み木重ね」と呼んでいます。
信頼の積み木はこんな風に積み上がります。はじめにアイデアを、次に企業、そして最後に他人(その相手が機械やロボットの場合もある)を信頼しなくてはなりません。最初のふたつの段階を経なければ、最後の段階には登れません。
最初の段階では、誰もが少し居心地の悪さとリスクを感じますが、最後にはそうした新しいアイデアが当たり前を超えて、なくてはならないものに見えてきます。リスクを取って新しい行動に出るときに起きる「信頼の飛躍」を人々が受け入れ、そうなればその先の行動が変わります。しかも変わるスピードは速いものです。
カリフォルニアロールの原則
新しい発想やアイデアへの信頼が、偶然に築かれることはありません。まず、誰の心にもある心理面と情緒面のハードルを乗り越えなければ、信頼は築かれません。新しい発想に人々が信頼を寄せるようになる際の条件をまとめると、次の3つの原則に集約されます――カリフォルニアロールの原則、メリットの原則、信頼のインフルエンサーの原則です。
最初は、馴染みのないものを身近に感じさせる「カリフォルニアロールの原則」です。当時アメリカでは、寿司という発想に寄り付く人がいませんでした。そんな時代にロサンゼルスで寿司職人として働いていた真下一郎が、「馴染みのない食材とキュウリやカニやアボカドといった見慣れた食材を組み合わせたらどうなるだろう?」と考えたのです。真下はまた、外側に米が見えて内側に海苔のある「裏巻き」のほうがより身近に感じられることにも気付きました。
カリフォルニアロールの原則は、新しいものと馴染みのある何かを組み合わせて、「はじめてなのに見慣れたもの」を作るというルールに基づいています。人間は、馴染みのある人やものに囲まれていると居心地がいいものです。その心理はさまざまなやり方で利用できます。人は見知ったものを信頼しますが、自分がよく知っていると思ったものもまた信頼します。実際にはまったく新しいアイデアでも、馴染みのあるように思えれば信頼できるということです。
メリットの原則
新しいアイデアを信頼させる決め手は、親近感だけではありません。「ピンと来た」あと、つまりカリフォルニアロールの原則を受け入れたあと、次に超えるべきハードルは「自分の得になるか?」。つまりメリットの原則です。
人はアイデアが人生をより良いものにしてくれるかどうかを計算したうえで、信頼するかどうかを決めます。というと当たり前に思えますが、ここに重要なポイントがあります。わたしたちは新しいものを理解しなければ、その発明を使う気にならないという点です。だからといって、テクノロジーがどう機能するかを正確に理解しなければ使わないというわけではありません。大昔の燃焼機関であっても、今のブロックチェーンであっても同じです。それが何を可能にして、何を与えてくれるのかがわからないと、使う気にならないということです。その溝が埋まるまでは、既存のものを捨てようとは思わないのです。
だからといって、信頼を築くのに完璧を約束する必要はありません。実際、100パーセントの確実性を保証するほうが災厄のもとになります。マリオットやヒルトンといった有名ホテルよりエアビーアンドビーを利用するかどうか、または自動運転車を信頼するかどうかを判断する際に、人はいつもある側面についてのメリットとデメリットを考えています。それは価値と確実性です。判断の対象が何であっても、自問することは基本的に同じです。この体験は自分の人生に価値をもたらすか? なぜその価値が確かだと言えるのか?
インフルエンサーの原則
新しいアイデアを信頼してもらう際、特に結果が見えないときには、社会的証明が役に立つことは間違いありません。サイトのレビュー数やユーザー数を大々的に宣伝するのはそのためです。今の時代に人を説得するには、たとえばフェイスブックの「いいね!」の数にしろ、五つ星の評価にしろ、ツイッターやインスタグラムのフォロワー数にしろ、大きな数を見せるのがもっとも効果的だと思われています。
しかし、社会的証明を得てそこから信頼を生み出すには、巨大な群衆が必要というわけではありません。独特な影響力を持つ少数の個人の集まり(インフルエンサー)から、社会的証明と信頼が生まれることもあります。立派な肩書を持つ人でなくても、有名人や高名な専門家でなくても、影響力を持つことはできます。
3つの原則に基づく強力な信頼プロセス
3つの信頼の原則──カリフォルニアロール、メリット、信頼のインフルエンサー──つまり、「それは何?」「自分にとってどんな得になる?」「ほかに誰がやっている?」という3つの問いかけが、バカげていると一蹴されたアイデアをはじめてなのに見慣れたものに見せる方法を教えてくれます。新しいアイデアへの信頼がどのように広がるかが、この3つの原則で説明できるのです。ベンチャー起業や新製品や新しいアイデアへの信頼を築いた経験のある人なら、自覚しているかどうかにかかわらず、みんなこの過程を経ているでしょう。
新しいアイデアの創造者は、人々に切り立った険しい崖を登れと頼んでいるようなものです。まずは、登ってくれそうな人たちに、馴染みのある動きや手掛かりを見せて、未知の要因を減らし、最初の一歩を踏み出してもらわなければなりません。それから、その切り立った岩肌を登ればどんないいことがあるのかを説明します。最後に、先にその崖を登っている人たちが、その体験を楽しんでいることを伝えます。そうすればまもなく、疑っていた人たちがわれ先に崖を登りはじめ、地上から遠く離れて、恐がっていたのが遠い思い出になるでしょう。
このプロセスは強力なものです。このプロセスによって、一度はリスクが高すぎ恐ろしすぎると拒絶されたアイデアが、当たり前で、みんなの得になり、現状を破壊するものになります。他人の車に同乗して長距離を移動したり、見知らぬ誰かの家に泊まったり、自動運転車に乗るようにさせるのです。それが「信頼の積み木」のなかでも大きな飛躍となる、アイデアを受け入れる段階です。そうなってから、プラットフォームへの信頼を築く段階に移るのです。
SNS時代の信頼ビジネス
21世紀のソーシャルメディアの幕開けで、すべてが変わりました。マーケターと消費者とのあいだの信頼構築の過程に地殻変動が起きたのです。好き勝手なコメントやフィードバック、レビューや評価、画像の投稿や「いいね!」を通して、人々は広範囲に自分の体験を共有するようになりました。「受け身の消費者」は参加者になり、ソーシャルな伝道師になり、簡単に騙されることはなくなり、失望させられると容赦なく攻撃してくる存在になったのです。
信頼構築の事例で際立っているエアビーアンドビーの場合は、プラットフォーム自体への信頼と、ホストとゲストの絆への信頼が必要になります。プラットフォームにもコミュニティのなかにも、信頼が存在しなければなりません。制度への信頼という古いパラダイムと、分散された信頼という新しい時代を分ける大きな違いのひとつがこの点です。エアビーアンドビーの共同創業者のジョー・ゲビアは、人々をひとつにするデザインとテクノロジーに情熱を注いでいるものの、エアビーアンドビーはテクノロジー企業ではなく「信頼ビジネス」だと認めています。
ユーザーがプラットフォームに求めるものはそれほど変わりません。ユーザーは、プラットフォームが悪いことが起きるリスクを減らしてくれることを望み、何かが起きたときにそこにいてくれることを望んでいます。
インターネット上の世界には大勢の人が参加していますが、責任者が不在だったり、誰を頼っていいのかわからなかったりすることが多くあります。この新たな時代に、分散されたシステムにおける信頼に関して言えば、製品・サービス、またはニュースについて誰が真実を教えてくれるのか、最終責任は誰にあるのか、わたしたちは知っておく必要があるのです。
レイチェル・ボッツマン作家、ソーシャルイノベーター。著書『シェア』(2010)で提唱した「共有型経済」は、タイムズ誌による「世界を変える10のアイデア」に選ばれた。2013年には世界経済フォーラムにより「ヤング・グローバル・リーダー」にも選出。ニューヨーク・タイムズ、ガーディアン、WIREDなどで寄稿編集者を務めるほか、インターネットとテクノロジーを通したシェアリングエコノミーの可能性やビジネス・社会における変化についてコンサルタントや講演などを行っている。またオックスフォード大学サイード・ビジネススクールで「協働型経済」コースを教えている。(Author photo: Max Doyle )
『TRUST 世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか』
新しい「信頼」がビジネス、経済、社会を動かす!
政府や企業、マスコミへの評価は最低でも、ネットの見知らぬ人間の口コミは信用する。そのような「信頼革命」はなぜ起きたのか? ビジネスや社会はどう変わっていくのか?
前作『シェア』で共有型経済を提唱した著者が、急激なパラダイムシフトのなかで企業・個人がデジタル時代の「信頼」を攻略する仕組みを解説する。
日経BP社刊
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