日本企業はなぜ「ソフトウェア経済圏」に乗り遅れたのか

 本連載の企画・編集に協力してくれた日経BP社の方々から、「日本では最近まで、『中国に学べ』という趣旨の書籍は売れないと言われていた」というお話を伺いました。シリコンバレーのテクノロジー動向や経営手法についての書籍が多々ベストセラーになっているのに比べて、中国のテクノロジー動向を取り上げて目立った売れ行きを見せた書籍は少ないというのです。

 経済大国としてのプライドなのか、それとも歴史的な背景があるのか、詳しい理由は我々にも分かりません。ただ、今後5~10年の産業界を考えた時に、中国のソフトウェア産業を軽視するのはリスク以外の何物でもないと考えています。

 よく、日本企業は勤勉に学ぶと言われます。確かにそういう側面はあるでしょう。しかし、近年の中国企業はもっと学んでいます。日本では「欧米のコピー品が多い」と揶揄されますが、中国企業はコピーすることで欧米の先進企業から素早く学び、シリコンバレーの企業と互角かそれ以上の開発力を持つようになりました。

 その間、多くの日本企業は何をしていたのか。シリコンバレー流をもてはやし、賞賛こそすれど、「シリコンバレーはITの聖地であって非IT産業の自分たちには無関係だ」と思っていた人は少なくないのではないでしょうか。一方の中国についても、「世界の工場」にはなったけれど、製品の品質やブランド力ではまだまだ日本を含む先進国に及ばないと見ていたのではないでしょうか。

 暴論に聞こえるかもしれませんが、こういった気の緩みがソフトウェア経済圏の台頭に遅れを取った一因だと我々は考えています。

 事実、シリコンバレーの企業と連携したいと交渉にやって来る日本企業は、多くが「検討します」と言いながら行動を起こさないと言われています。シリコンバレーの企業では、「検討します」なんて悠長なことを言っている暇があったら、すぐに手を動かして試行錯誤するのが流儀です。さらに、海外市場の担当者がシリコンバレーをはじめとする欧米企業しか見ておらず、中国の動向には無頓着であるように感じることも多いです。そうこうしているうちに、シリコンバレーの企業も中国の企業も、「成長しなければ死あるのみ」と猛烈なスピードで市場拡大に取り組んできたのです。

米の科学者で「PCの父」と呼ばれるアラン・ケイは、「未来を予測する最善の方法は、自分でそれを創り出すことだ」という言葉を残している
米の科学者で「PCの父」と呼ばれるアラン・ケイは、「未来を予測する最善の方法は、自分でそれを創り出すことだ」という言葉を残している

 このスピーディな意思決定は、日本企業がよく陥る「PoC(Proof of Concept。実証実験)大好き症候群」とは対極にあります。シリコンバレーや中国の企業群は、良くも悪くもPoCという概念があまりない。実証実験をしないわけではありませんが、ある程度のレベルになったらすぐ一般ユーザーを対象にサービスを展開して、不具合は後から改善するというのがスタンダードです。

 例えば前述したテスラの電気自動車などは、かつてはボディにわずかな隙間があって「雨の日には雨漏りするから乗ってはダメだ」と言われていました。その他にもさまざまな問題を抱えながらも、テスラが世界のEV市場を開拓できたのは、マーケットの動向をつぶさに見ながら「欲しい」と思われるモノを素早く作り、提供し続けてきたからです。

 このようなやり方について、独メルセデス・ベンツの方は「テスラは体験を売っているのだ」と話していました。まさにその通りだと思います。日本でPoCに慣れている人たちからすると乱暴なやり方に思えるかもしれませんが、たとえクレームが発生してもユーザーの声を拾い、スピード重視で改善していった結果、ユーザーに驚きを提供して市場そのものを「再創造」したのです。これは、ソフトウェアが中心のビジネスモデルだからこそ可能だったとも言えます。

 日本の場合、人口減少で経済競争力が落ちているという別の問題もあります。その中でどうやって成長戦略を描くべきなのか。この点が非常にあいまいだったとも言えるでしょう。本連載のゲスト解説の方々も口々に述べていたように、世界の大企業は"ソフトウェア・シフト"を急ぐため、シリコンバレーや中国のテクノロジー企業と何かしらの形で連携しようと必死です。まずはこの意識改革から始めなければならないでしょう。

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