ウォルマートやナイキ……オンラインとオフラインの融合戦略

 こうして販売手法と顧客接点にイノベーションを起こそうと取り組むプレーヤーが増えている中、生き残りをかけて既存の大企業も新たな取り組みを始めています。ここでは、そんな大企業の動きを中心に紹介していきましょう。

シバタ:まずは、Bonobosを買収した件で先ほど名前が出たWalmartを見ていきましょう。1969年に創業したスーパーマーケットチェーンで老舗中の老舗ですが、テクノロジーを利用した新しい試みに積極的に取り組んでいます。

田端:Walmartは2011年にIT企業を買収して、Walmart Labs(ウォルマート・ラボ)という研究開発部門を立ち上げています。

Walmart LabsのWebサイト

 そこが中心になってさまざまなオンライン施策を進めており、例えば2017年には「Delivery Straight Into Your Fridge」という配送サービス構想を発表しています。WalmartのWebサイトやアプリから商品を注文すると、宅配員が配送先の鍵を開けて、直接冷蔵庫に商品を納入してくれるという内容です。

 鍵を開け閉めする仕組みは、スマートロックサービスを提供するスタートアップと連携して開発すると発表しています。また、最も気になる安全面についても、顧客のスマートフォンに宅配員の訪問を通知しつつ、家の中での行動をリアルタイムに監視できるようにするそうです。

シバタ:すごい構想ですね。

田端:すでに稼働している例を挙げると、2018年6月から、顧客とオンライン上で会話しながらニーズに合った商品を提案・発送する会話形コマースサービス「Jetblack」(ジェットブラック)を始めています。

シバタ:実は以前、私の友達数名がWalmart Labsで働いていたんですよ。彼らの話によると、とにかく新しいことをバンバンやって、すごい数の失敗をしていたようです。業種的に予算管理も厳しいはずなのに、すごいなと思って話を聞いていました。日本でこのくらい大きくて歴史のある会社が、ここまでアグレッシブにチャレンジできるかというと、なかなか難しいはずなので。

吉川:アグレッシブという意味では、Walmartは海外展開も積極的ですよね。日本は西友が同社の子会社となっていますが、2018年8月にはインドのEC最王手であるFlipkart(フリップカート)を$16 Billion(約1兆6000億円)で買収しました。これは、おそらく世界の小売業で過去最大のディールです。

 この買収によって、インドの小売市場は当面、Walmart & Flipkart連合とAmazonの一騎打ちになると見られています。中国のAlibabaなどもインド進出の動きを強めていますし、今後の展開が面白くなりそうです。

シバタ:WalmartとAmazonの戦いについて、アメリカではAmazonが2017年に高級スーパーマーケットチェーンの米Whole Foods Market(ホールフーズ・マーケット)を買収して話題になりました。Walmartがオフラインからオンラインに舵を切りつつある中、Amazonは逆にオンラインからオフラインへ進出しようとしているので、両社の戦いはどうなっていくのだろうと思っている人もいるかもしれません。

 私の見解を先に言うと、AmazonとWalmartはもともとユーザー層が違うので、棲み分けが進むだけだと思ってます。AmazonもWhole Foods Marketも、どちらかというと都会に住む年収の高い人がユーザーで、利便性なり買い物の楽しさを追求しているイメージです。他方でWalmartはもっと大衆向けで、安いものを探しに行くイメージ。だから、オフラインでもオンラインでも、引き続きこの棲み分けが続くんじゃないかと思うのですが、どうでしょう?

吉川:僕もアメリカではそうなると思います。ターゲットが違うので、それぞれが伸びていくんじゃないでしょうか。

シバタ:分かりました。では他の大企業の取り組みも見てみましょう。

 先ほどAIをはじめとした最新技術の活用に取り組んでいると話したeBayは、2018年から独自のオンライン決済を導入すると発表しています。同時に、AR(拡張現実)を用いたECサービスの導入も検討しているとも発表しました。これにより、買い手は購入前に商品イメージを実際に見ることができ、売り手側も商品梱包用の箱を選択する際に正しいサイズを測ることができると説明しています。

吉川:ARに関しては、ただ商品イメージを見ることより、家具や家電製品を購入する前に自宅のレイアウトに合うかどうかがチェックできるような使い方のほうが可能性を感じますよね。まぁ、これからいろいろと実験していくのでしょう。

シバタ:先端テクノロジーの活用という点では、スタートアップと積極的に協業を進める大手小売プレーヤーも続々と登場しているようですね。田端さんがJ.フロントリテイリングの社員としてシリコンバレーに来ているのも、このような協業先を探すのが目的ですか?

田端:その通りです。百貨店やGMS(General merchandise storeの略で「総合スーパー」のこと)は15~20年前までIT活用の先進企業だったところが多く、CRMやPOSシステムを自前で構築し、資本の少ない企業に対して競争優位性を確保していました。でも、それらのシステムがむしろ足枷となり、先ほどお話ししたD2C企業やAmazonに代表されるEC企業に比べて、近代的なインターネットのエコシステムから取り残されるようになってしまった。そこで、シリコンバレーのスタートアップのような先端テクノロジーを開発する企業と組むことで、IT戦略をアップデートしたいのです。

 ただし、小売は労働集約的な産業なので、現場の第一線で働く社員でも使いこなせるようなシステム設計をしなければならないという難しさもあります。スタートアップの人たちはもちろん、本社でIT戦略に携わる私のような人間に比べて、どうしても現場社員のITリテラシーは低くなってしまいます。これを気にし過ぎた結果、技術活用が遅れてしまったのも事実ですが、これらは小売業の宿命とも言える課題ですので、うまく解決している同業他社やメーカーの事例も日々重視して追っています。

吉川:その「うまく課題を解決している企業」の一例として、シューズメーカーの米Nikeが2018年7月、ロサンゼルスにオープンしたIT融合型コンセプトストアがあります。

NikeがオープンしたIT融合型コンセプトストア(写真は同社のリリースより)

 他のNikeストアと何が違うかというと、Nike+(ナイキプラス)会員に向けたサービスがとにかく充実しているんですね。会員は、アプリやWebサイトから商品のフィッティング依頼などができる他、店舗スタッフにチャットで在庫状況などを質問できるサービスも受けられます。オンラインで購入した商品は備え付けのロッカーで受け取ることができ、返品交換もそのロッカーで行えるので、会員はスマートフォンさえあれば営業時間外でも購入・返品ができるわけです。

 スタッフ目線で見ても、そこまで高度なITリテラシーは必要ない。例えばチャットでの顧客対応は、スマートフォンのSMSでやれるようです。今後はシューズの自動販売機なども設置する予定で(開業時点ではソックスの自販機だけ設置してある)、新しいユーザー体験をいろいろとテストしていく模様です。

商品の受け取りや返品交換ができる専用ロッカー(写真は同社のリリースより)

田端:面白い取り組みですよね。Appleストアが「体験型店舗」というコンセプトを打ち出していますが、これも同じく「どれだけNikeを体験できるか?」みたいな部分を追求している印象です。「体験」というキーワードは今後の小売業にとって非常に重要だと考えています。