「Software is Eating the World」。

 この言葉が示すように、近年はソフトウェアの進化が製造業や金融業などさまざまな産業に影響を及ぼしています。そこで、具体的に既存産業をどのように侵食しつつあるのか、最新トレンドとその背景を専門外の方々にも分かりやすく解説する目的で始めたのが、オンライン講座「テクノロジーの地政学」です。

 この連載では、全12回の講座内容をダイジェストでご紹介していきます。

 講座を運営するのは、米シリコンバレーで約20年間働いている起業家で、現在はコンサルティングや投資業を行っている吉川欣也と、Webコンテンツプラットフォームnoteの連載「決算が読めるようになるノート」で日米のテクノロジー企業の最新ビジネスモデルを解説しているシバタナオキです。我々2名が、特定の技術分野に精通する有識者をゲストとしてお招きし、シリコンバレーと中国の最新事情を交互に伺っていく形式で講座を行っています。

 今回ご紹介するのは、第11回の講座「小売:シリコンバレー」編。ゲストは、大丸松坂屋、パルコなどを運営するJ.フロントリテイリング株式会社で、テクノロジースタートアップ周辺の新規事業案件を担当している田端竜也氏です。

Web技術に適応できない企業は倒産の憂き目に

<span class="fontBold">田端 竜也氏</span><br> 2011年に大丸松坂屋百貨店(J. フロントリテイリング)に入社。大丸札幌店にてワインアドバイザー/ソムリエとして売場運営に従事した後、2014年よりJ. フロントリテイリングのIT新規事業開発室へ。以降、一貫してIT、スタートアップ周辺の新規事業案件に携わる。2016年には同社の経営戦略統括部・グループデジタル戦略部へ、2017年から経営戦略統括部・経営企画部の所属となり、現在は日米を往復して情報探索ならびに事業開発に従事している。明治大学大学院にて経営学修士、マレーシア工科大学大学院にて経営工学修士を取得。
田端 竜也氏
2011年に大丸松坂屋百貨店(J. フロントリテイリング)に入社。大丸札幌店にてワインアドバイザー/ソムリエとして売場運営に従事した後、2014年よりJ. フロントリテイリングのIT新規事業開発室へ。以降、一貫してIT、スタートアップ周辺の新規事業案件に携わる。2016年には同社の経営戦略統括部・グループデジタル戦略部へ、2017年から経営戦略統括部・経営企画部の所属となり、現在は日米を往復して情報探索ならびに事業開発に従事している。明治大学大学院にて経営学修士、マレーシア工科大学大学院にて経営工学修士を取得。

 新たなテクノロジーが台頭すると、それらを駆使する新興企業が既存のプレーヤーを打ち負かす「ジャイアントキリング」がよく起こります。小売・消費財の世界も例外ではありません。特に近年は、関連するスタートアップに注目が集まる一方、老舗と呼ばれる大手企業が苦境に陥るケースが多く見られます。各種の調査結果にも、その傾向が如実に表れているようです。

シバタ:小売のトレンドを知る上で、米の調査会社CB Insightsがいくつか興味深いデータを公表しているので紹介しましょう。

 まずは、世界の小売・消費財プレーヤーに対する投資額の推移から。2013年までは年間で$500 Million(約500億円)以下だったのに、2014年くらいから急に額が増え始め、2017年は$2 Billion(約2000億円)くらいとなっています。これは過去最高の投資額で、投資案件もだいたい150~200と非常に増えています。

 一方で、2015年以降に破産してしまった小売・消費財企業の数を見ると、一定以上の知名度があった企業だけでも40件近くに上るそうです。例えば、日本展開もしている玩具量販店の米トイザらスは、2017年9月に米連邦破産法11条の適用を申請し、2018年に全米の店舗を閉鎖しています。

吉川:他にも、衣料品メーカーの米American Apparel(アメリカンアパレル)や、全米最大級のスポーツ用品専門店チェーンSPORTS AUTHORITY(スポーツオーソリティ)など、みんなが知っているようなブランドもどんどん倒産していますね。

破産したSPORTS AUTHORITYだが、日本事業はメガスポーツ(イオングループ)が運営を継続
破産したSPORTS AUTHORITYだが、日本事業はメガスポーツ(イオングループ)が運営を継続

シバタ:ええ。次は、小売・消費財企業が「人工知能(以下、AI)や機械学習、画像認識のような最新技術について、自社の決算報告会でいつ言及したか?」を調べたデータがあるのですが、これが非常に示唆深い。

 CB Insightsは「そもそも言及している企業が少ない」と前置きした上でいくつかの企業をピックアップしていて、EC関連だとオークションサイトの米eBay(イーベイ)は2015年の後半、ハンドメイドマーケットプレイスの米Etsy(エッツィー)は2016年の後半と、まぁまぁ早い段階で言及しています。

 そして2017年の半ば以降になってやっと、米GAP(ギャップ)やBed Bath & Beyond(ベッド・バス・アンド・ビヨンド)、Walmart(ウォルマート)、Office Depot(オフィス・デポ)といった既存の大企業がこれらの技術活用について言及し始めます。

吉川:つまり、全体の投資額を見ると小売・消費財のマーケットを変えようとしているプレーヤーが増えつつあるけれど、リアルな実店舗が中心の企業はAIなど最新技術への対応が遅れていて、それすら考えなかった企業は倒産しているということでしょうか。ちょっと恣意的な調査ですが、大きなトレンドとしては合っていると思います。

シバタ:今度は具体的な小売のトレンドを見ていきましょう。いくつかキーワードがある中で、近年盛り上がっているのは「D2C」(Direct to Consumer)ですね。

 これは自社製品をインターネット上で直販する、またはネットと直営店だけで売る形式のことで、量販店のような販売業者を介さないので高品質なものでも価格を低く抑えられる。D2Cのプレーヤーはまずオンライン販売限定で始めて、ある程度ブランドが確立された後に直営店も出すというパターンが多いです。

吉川:ユニコーン(企業の評価額が$1 Billion=約1000億円以上で非上場のベンチャー企業を指す言葉)になった眼鏡ブランドの米Warby Parker(ワービーパーカー)や、2017年、小売最大手のWalmartに$310 Million(約310億円)で買われたメンズアパレルブランドの米Bonobos(ボノボス)などが、そのパターンの成功例ですよね。

D2Cブランドとして有名なWarby Parker
D2Cブランドとして有名なWarby Parker

 ただ、Warby Parkerなんてもう80近い直営店を展開している反面、実店舗はそれほど賑わっていない印象があります。

田端:D2Cはもともと、SPA(speciality store retailer of private label apparelの略で、商品の企画・製造から小売までを一貫して行う「製造小売」のこと)が進化したモデルの一つです。「オンラインなら自社ブランドを一気に世界で売れる」という考え方がベースになっているため、そもそも実店舗は事業の"ノイズ"になりやすいのです。

 成長戦略の一つとしてオフラインでも販路を作り、知名度と新たな顧客を獲得するというアプローチは正しいと思いますが、実店舗を増やし過ぎるとコスト面で旧来型の小売業に近づいてしまうという課題もある。なので、オンラインとオフラインのバランスが重要になります。

 もう一つ、D2Cの動向を見る時は「売り方」にも注目すべきだと思っています。Warby Parkerは5種類のサンプルフレームが届いて試着後に合わなかったものを返品するというモデルですし、Bonobosは直営店で試着しても購入はEC経由になるというモデルです。そうすることで、服を買った後も手ぶらで帰れるというユーザー体験を提供しています。

 また、同じ衣料品でも、米Rent the Runway(レント・ザ・ランウェイ)はデザイナーズブランドを一定期間レンタルするというモデルで、シェアリングエコノミーの要素をアパレルの世界に持ち込んでいます。他にも、化粧品サンプルを毎月「定期便」として送る米Birchbox(バーチボックス)はサブスクリプションモデルを採用するなど、いろんな売り方が生まれています。これも、D2Cの特徴と言えるでしょう。

シバタ:売り方が多様化しているのと同様に、小売の世界では顧客接点も多様化していますね。

田端:ええ、特にオンラインでその傾向が強まっています。米ベンチャーキャピタルのKleiner Perkinsが同社の著名パートナーMary Meekerの名で毎年発表している『Internet Trends Report 2018』には、モバイルアプリのカテゴリー別成長率で「ショッピング」が初めて1位になったとあります。これまでアプリの人気カテゴリーといえば「メディア」や「ゲーム」だったので、ショッピングアプリがそれらを上回るほど増えているというのは大きな転機です。

 そして、先進的な小売・消費財企業はすでに次の顧客接点を探し始めています。今後、スマートフォンに次ぐ顧客接点は何になるのか。例えばVR(仮想現実)やスマートスピーカーが新たなインターフェースになるかもしれないと、各社が試行錯誤しています。

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