「Software is Eating the World」。

 この言葉が示すように、近年はソフトウエアの進化が製造業や金融業などさまざまな産業に影響を及ぼしています。そこで、具体的に既存産業をどのように侵食しつつあるのか、最新トレンドとその背景を専門外の方々にも分かりやすく解説する目的で始めたのが、オンライン講座「テクノロジーの地政学」です。

 この連載では、全12回の講座内容をダイジェストでご紹介していきます。

 講座を運営するのは、米シリコンバレーで約20年間働いている起業家で、現在はコンサルティングや投資業に携わる吉川欣也と、Webコンテンツプラットフォームnoteの連載「決算が読めるようになるノート」で日米のテクノロジー企業の最新ビジネスモデルを解説しているシバタナオキです。我々2人が、特定の技術分野に精通する有識者をゲストとしてお招きし、シリコンバレーと中国の最新事情を交互に伺っていく形式で講座を開いています。

 今回ご紹介するのは、第10回の講座「Agri・FoodTech:中国」編。ゲストは、エンジェル投資家でありながら、中国・北京を拠点にAgriTech企業も経営しているAlesca Life Technologies Limited(アレスカライフ・テクノロジーズ)の創業者兼CEO小田剛氏です。

「野菜を洗う洗剤」がヒット!? 安全性へ意識が高まる

<span class="fontBold">小田 剛氏</span><br>米カリフォルニア大学ロサンゼルス校 国際関係・ビジネス経済学部を卒業後、メリルリンチ日本証券に入社。投資銀行部門にて企業経営戦略、格付アドバイザリー、資金調達およびM&Aに携わった後、2011年にDell Chinaへ転職して新興国経営戦略や事業展開業務に従事。2013年には農業のデータ化・効率化・現地化を目標としたAgriTechスタートアップのAlesca Life Technologiesを起業。中国・中東・アフリカの事業展開、プロダクト開発、資金調達および業務提携を担当しつつ、エンジェル投資家としてBindez(ミャンマー)、Level Skies(米国)、Tradove(米国)の株式・ICO資金調達にも携わる。
小田 剛氏
米カリフォルニア大学ロサンゼルス校 国際関係・ビジネス経済学部を卒業後、メリルリンチ日本証券に入社。投資銀行部門にて企業経営戦略、格付アドバイザリー、資金調達およびM&Aに携わった後、2011年にDell Chinaへ転職して新興国経営戦略や事業展開業務に従事。2013年には農業のデータ化・効率化・現地化を目標としたAgriTechスタートアップのAlesca Life Technologiesを起業。中国・中東・アフリカの事業展開、プロダクト開発、資金調達および業務提携を担当しつつ、エンジェル投資家としてBindez(ミャンマー)、Level Skies(米国)、Tradove(米国)の株式・ICO資金調達にも携わる。

 前回の講座「Agri・FoodTech:シリコンバレー」編では、AgriTech(アグリテック=農業×テクノロジー)とFoodTech(フードテック=食×テクノロジー)が盛り上がりを見せている背景に、世界的な食料不足問題や食(健康)に対する価値観の変容があると説明しました。

 中国も似たような背景でAgri・FoodTechが伸びているようですが、もう一つ、「安全性」が大きなテーマとなっています。具体的にどんなトレンドなのか、全体動向を見ていきましょう。

シバタ:Agri・FoodTech関連マーケットの専門調査会社である米AgFunderの調べでは、2017年にこの分野で1億ドル(約100億円)以上の大型投資案件となったもののうち、アメリカ以外での案件は11件あるそうです。

 その中で、中国企業絡みは6件。半数以上を占めています。アメリカ以外では中国が存在感を示しているようです。

吉川:そうですね。この中で最も大きな調達額を記録した食品デリバリーのEle.me(エルミー/餓了麼)は、翌年の2018年4月、中国EC大手のAlibabaに買収されています。その額は日本円にして約1兆円。桁が違いますよね。

食品デリバリーサービスEle.meのWebサイト
食品デリバリーサービスEle.meのWebサイト

 ちなみにこの調査では、他にも中国のオンライン食品コマースMissFresh E-Commerce(ミスフレッシュ・イーコマース/每日优鲜)が約5億ドル(約500億円)、生鮮食品ECのYiguo.com(ユイゴー・ドットコム/易果生鲜)が約3億ドル(約300億円)もの投資を得ていたとあります。

シバタ:AgFunderによる同様の調査の2016年版を見てみると、1億ドル(約100億円)以上の大型投資案件は3件だけでした。つまり、Agri・FoodTechのマーケット全体が、この1~2年で急拡大していると言えます。

小田:中国のFoodTech分野では、特に食品のデリバリー・販売網に関する企業に投資が集中しています。後はユーザーデータの確保・分析にしっかり取り組んでいる企業ですね。

シバタ:中国ではなぜ、FoodTech関連のサービスが急速に広まっているのでしょう?

小田:市場の大きさはもちろん、中国が抱える食品・農業周りの課題が非常に大きいということが挙げられます。

 例えば、農地や地下水の汚染問題。中国では、農地の5分の1が危険なレベルで汚染されており、農家が使用する地下水の80%が安全基準をクリアしていないことを政府も認めています。食品加工や保存の安全性についても、古くは2008年の「Chinese milk scandal」、直近では2014年の「中国マクドナルド・KFCに出荷された期限切れ肉」、流通過程や店舗内で生鮮食品が適切に保存・管理されていなかったりなどの問題が頻発しています。

 ですから、AgriTechも含めて「可能な限り高品質で安全性の高い食品を購入したい」という消費者ニーズに応える動きが強まっているのです。

 これを象徴する面白い例として、今、中国では「野菜を洗う洗剤」がヒットしているんです。生産~流通過程で使われる化学薬品などを洗い落とすための特別な洗剤で、最近は北京市内での販売が急成長しています。

シバタ:野菜を洗う洗剤がヒットしているんですか? 衝撃ですね。

吉川:その話に関連して、この間中国へ行った時、日本の無印良品が経営する「MUJI HOTEL」に立ち寄ったんですが、食品の仕入れでオーガニック野菜を見つけるのがすごく大変だと言っていました。中国にもオーガニック野菜はあるものの、「MUJI基準のオーガニック野菜」はなかなか入手できないと。

シバタ:シンクタンクの米ピュー・リサーチ・センターによる調査でも、中国を含む西太平洋地域では、一般消費者の「食品安全に対する問題意識」が非常に高まっているという結果が出ています。食品安全が「非常に大きな問題だ」と答えた人の割合は、2008年度はたった12%だったのに対して、2013年度には38%まで増えているそうです。

小田:この地域では毎年1億3000万人が食品安全の問題で病気になっているという調査結果も出ており、中には働けなくなった人もいるわけです。中国政府もこうした問題が顕在化していることを危惧していて、大気汚染の問題も含めて解決に向けた施策を打ってきました。

 その成果は、徐々にですが出始めています。私が北京に来たのは2011年なのですが、今は空もだいぶ青くなりました。そして、まだ価格が高いものの、以前よりは有機野菜、無農薬の野菜が購入しやすくなっているというトレンドもあります。

 それと歩調を合わせるように、消費者が高品質で安全な食品を求める傾向も強まっているので、Agri・FoodTechに関連する企業への注目度が高まっているわけです。

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