「Software is Eating the World」。

 この言葉が示すように、近年はソフトウェアの進化が製造業や金融業などさまざまな産業に影響を及ぼしています。そこで、具体的に既存産業をどのように侵食しつつあるのか、最新トレンドとその背景を専門外の方々にも分かりやすく解説する目的で始めたのが、オンライン講座「テクノロジーの地政学」です。

 この連載では、全12回の講座内容をダイジェストでご紹介していきます。

 講座を運営するのは、米シリコンバレーで約20年間働いている起業家で、現在はコンサルティングや投資業を行っている吉川欣也と、Webコンテンツプラットフォームnoteの連載「決算が読めるようになるノート」で日米のテクノロジー企業の最新ビジネスモデルを解説しているシバタナオキです。我々2名が、特定の技術分野に精通する有識者をゲストとしてお招きし、シリコンバレーと中国の最新事情を交互に伺っていく形式で講座を行っています。

 今回ご紹介するのは、第8回の講座「FinTech・仮想通貨:中国」編。ゲストは、米サンフランシスコに拠点を置くブロックチェーン技術開発スタートアップのRipple(リップル)社で、ジョイントベンチャーおよびアジア市場の事業開発・パートナーシップを担当している吉川絵美氏です。

Ripple社の取り組みに学ぶ、ブロックチェーンの歴史と課題

吉川絵美氏
米ニューヨークに本拠を置く金融サービス企業のMSCI社(当時モルガン・スタンレー傘下)で機関投資家向けのクオンツ投資モデルのプロダクト開発に従事。その後、シリコンバレーのテックベンチャー勤務や、クロスボーダー事業開発に関するコンサルティング会社の経営を経て、Ripple社に転職。2017年には米Onalytica社が選ぶ「Women in Tech」の「TOP 50 Women in Fintech influencers」に選出される。米ハーバード・ビジネススクール卒業。Chartered Financial Analyst(CFA)資格保有。

 今回は、FinTech・仮想通貨の分野でアジア市場に精通する方ということでRipple社アジア市場担当の吉川絵美氏をお招きしました。通常の講座では、最初に各地域の市場動向の解説から始めていますが、仮想通貨とブロックチェーンの仕組みと歴史を知るという意味で、Ripple社の歩んできた道のりはとても興味深いものがあります。

 そこで今回は、いまやブロックチェーンの世界でメジャーなプレーヤーとなったRipple社の取り組みから話を聞いてみました。

シバタ:現状、多くの仮想通貨がトランザクションのスピードに課題を抱えています。Ripple社はこの点を解消するために注力してきた会社なので、どうやって解決してきたのか、ぜひ教えてください。

絵美:分かりました。Ripple社は2012年にサンフランシスコで生まれた会社で、2018年7月時点では世界に8拠点、100以上の金融機関に対してブロックチェーン・ソリューションを提供しています。ブロックチェーンの世界では、2012年にできた会社というのはある意味で老舗企業という感じですね。

 仮想通貨・ブロックチェーンの歴史を振り返ると、メジャーな通貨の一つであるBitcoin(ビットコイン)が2008年に誕生して、2011年くらいから世に知られるようになりました。その後、2012年~2013年くらいに「Bitcoin 2.0」ブームが起こります。これは、さまざまなプレーヤーがBitcoinの技術を精査してより良い技術を生み出そうとする動きで、Ripple社もまさにその中の1社として誕生しました。

Ripple社のオフィス

 その時、Ripple社が注目したのが「送金」の問題なんですね。Bitcoinよりもトランザクション処理に時間が掛からず、よりスケーラブルな技術を作ろうと。それともう一つ、初期の段階からエンタープライズ系、特に金融機関向けにブロックチェーン・ソリューションを作ろうとしていたのも特徴です。

吉川:今、エンジニアはどのくらいいるのですか?

絵美:全社員は250人くらいで、そのうち技術系人材は60%以上は占めていると思います。Ripple社のビジョンは「価値のインターネット」というもので、これを実現するためにエンジニアをはじめ全社員が働いています。英語で書くと「Internet of Value」、略して「IoV」ですね。

 皆さんはIoT(Internet of Things、モノのインターネット)」という言葉を聞いたことがあると思います。私たちが掲げる「価値のインターネット」は、これのさらに先を行くものだと考えています。

 インターネットの黎明期が「Internet of data」だとすると、モノのインターネットは「Internet of Things」。そして「Internet of Value」が意味するのは、お金のようなリアルな価値をインターネット上で自由に行き来できるものにするということです。Ripple社はブロックチェーンを活用することで、情報が自由に行き来できるようにお金も自由に行き来できるようにしたいと考えています。

シバタ:そのビジョンを形にする上で、なぜ「送金」にフォーカスをしたのですか?

絵美:ブロックチェーンは仮想通貨だけでなくさまざまな分野に応用できる技術なので、創業時はたくさんのユースケースを見ていたんですね。例えば、貿易金融、証券関連、スマートコントラクト、保険などです。でも、これらのユースケースも最終的には「価値」のやりとりに行き着きます。つまり、お金のトランザクションが大事になるということです。

 なので、その価値のやりとり、中でも「送金」の問題をちゃんと解決しなければ、他のユースケースでも真の意味では課題を解決できないと考えたわけです。

 続いて、国際送金の世界は具体的にどんな問題を抱えているか? を説明しましょう。海外送金の経験がある方ならお分かりかと思いますが、現状は非常にフラストレーションの溜まるプロセスになっています。

 例えば、アメリカの地方銀行から日本の地方銀行に送金しようとした場合、その裏には複数の銀行が絡んできます。いわゆるコルレス銀行、中継銀行と言われる金融機関です。送金側の銀行と受取側の銀行に直接のつながりがないため、情報を送って、それを次の銀行がチェックして、それをまた次に送って......という非常に逐次的で一方向のプロセスになっています。

出典:Ripple社

 その際に使われているのがSWIFTという金融システムで、これは45年くらい前にできたプリ・インターネット時代のものなんですね。そのため、一つ一つのプロセスで非常に時間が掛かるし、オペレーションコストが高く付くので手数料もそれなりに取られます。今、銀行で国際送金をしようとすると3,000~4,000円くらい掛かるのもそのためです。

 しかも、このような国際送金のやり方だと、途中でやり取りが失敗することもあります。送った側は、一方向のプロセスなのでお金がいつ届いたのかも分からないし、もし失敗していても通知が来ません。こういう状況では安心して海外に送金できないということで、Ripple社はブロックチェーンの技術を使ってより近代的な仕組みにしようとしているのです。

出典:Ripple社

 上図のように、分散台帳技術の力を使って送金側と受取側を直接つなげて、シングルステップでリアルタイムな取引が可能になれば、今まで送金に数日掛かっていたようなシチュエーションでもほんの数秒で処理できるようになります。何より透明性が担保されるということで、まさにインターネット時代の送金が可能になるのです。

 では、どんな技術がこれを可能にしているのか。ここでは、鍵となる2つの技術を紹介します。一つ目は、ILPと呼ばれる「Interledger Protocol」(インターレジャープロトコル)という技術です。

 そもそも、現在の送金ネットワークは多岐にわたっています。各国に国内銀行のネットワークがあり、ブロックチェーン自体も一つのネットワークです。そして米PayPal (ペイパル)や中国のAlipay(アリペイ)のような送金プロバイダーも、自分たちの独自ネットワークを作っています。

 問題は、これらのネットワークがお互いにコミュニケーションができないという点。それによって、エンドユーザーは不利益を被っているわけです。Bitcoinができた当時は、理想主義的な人が多くて「全ての人がBitcoinのネットワークに乗れば自由にお金をやり取りできるじゃないか!」と主張していました。しかし、この考え方はスケーラビリティの面で現実的ではありませんでした。

 ならば、どういったソリューションが必要かというと、複数あるネットワークがお互いシームレスにコミュニケーションできるようなプロトコルを作ること。平たく言うと、このためのプロトコルが「Interledger Protocol」なのです。

 このInterledger Protocolを基盤としたソリューションが「xCurrent」(エックスカレント)になります。これは、先ほど従来型の国際送金の問題点に挙げた「逐次的で一方向のプロセス」を解消するためにRipple社が開発・提供しているプロダクトの一つです。

 さらにもう一つ、国際送金の課題として挙げられる流動性の問題を解消する技術が「xRapid」(エックスラピッド)であり、その中で活用されている「XRP」が2つ目の鍵となる技術です。

 なぜRipple社は膨大にある仮想通貨の中でXRPを採用しているか? を説明すると、処理スピード、取引手数料の低さ、スケーラビリティの面などで送金に最適な特性を備えていると考えたからです。

 日本だとXRP=リップルコインとして語られるケースが多いようですが、実態は違っていて、XRPは「パブリックなブロックチェーン上に存在するXRPという仮想通貨」なんです。対してRipple社は、世界中の金融機関向けに国際送金の問題を解決するためのソフトウェアとソリューションを提供している会社。このソリューションの一部として、XRPを使っているという形になります。

シバタ:とても分かりやすい説明です。ありがとうございます。