オレの目の黒いうちは……幻に終わった新本社計画

植木:稲盛さんは何百冊と本を書いていて、それを読んだ方は数千万人いるかもしれないけれど、僕らは実践のなかで一つひとつ叱られながら、打ち倒されながら教えてもらった。それが僕らの財産なんだろうなと思います。「この野郎」と心の中で思うこともありましたけれど。

岩出:一番「この野郎」と思ったことは、どんなことですか?

植木:新しい本社をつくりたいと思ったんですよ。羽田空港の近くに土地を確保し、不動産事業者にビルを建ててもらってそれを借りる案でした。数十年単位で見ると、いまのビルの賃料と比較しても、ほとんど変わらない。しかも、羽田に近いので、パイロットも整備士もCAも僕らも、みんな同じビルに出社して、一つの輪になれるじゃないですか。「これは完璧に通ったな」と思って、稲盛さんのところに持っていったら、ぼっこぼこに叱られた。「どうしてだめなんですか。筋が通っているじゃないですか」と抵抗したんですが、最後は「俺の目の黒いうちはあかん。俺の生き様なんだから」と稲盛さんはおっしゃった。「生き様」と言われても何のことだかわからない。そのことがずっと頭の中に引っかかっていた。半年くらいずっと考え続けて、「あっ、これが理由だったのか」ということに思い当たり、直接聞くことにしました。

「稲盛さん、半年前のあの件ですけど……」
「まだ、覚えていたのか、しつこいな」
「いや『俺の生き様』が理由では困ります」
と言って、稲盛さんがおっしゃりたかったのは、こういうことだったんじゃないですかと半年間考えたことを説明したら、ニタっと笑って、「まあ、少し気がついたようだな」と言われた。まさに禅問答のようですね。

岩出:理由はどういうことだったんですか?

植木:JALは多くの人にご迷惑をおかけして、再建へのチャンスをもらったわけですよね。お金ができたから、理屈が合うからといって、自分たちのために金を使うなということです。まだその時期ではないと。

 それよりも、もっとお金のかかる飛行機購入や、客室の仕様をよくするといった話に、稲盛さんは一切反対しなかったですよ。それは「お客様のため」だから。新本社は「自分たちのため」です。だから、どう理屈をつけても、いまはまだその時期ではないとおっしゃりたかったのではないかと、勝手に思っているんですけれど。

岩出:厳しい指導のように見えるけれど、怒られて幸せそうにも見えますね。当事者としては大変だったかもしれませんけど。

植木:もちろん幸せでしたよ!(笑) 僕はとにかく自分が好きなことをやって生きてきた。好きなことじゃないと飽きてしまう。ところが、稲盛さんという方は、横にいて飽きなかった。これだけ飽きない人はいないなと思ったくらい、次から次へと何かにじみ出てくるものがあって面白い。興味があるから一生懸命見るし、見ると勉強になる。すごくいい人に出会えたなあと思いますね。