まるで青春ドラマのような答えが返ってきた。

「誰しも、人生を振り返ると『あの頃は苦しかったな』と思う時期がありますよね。でも、その時期が一番、成長していませんか? きっと、やってみて、苦しんでいいんですよ(笑)。プライドなんか捨てて、カッコ悪く生きていけばいいんです。元々できることなんて、大したことありませんって! 自信なんかあっても、手を抜いて反感を買うだけですって!」

蛮勇を持つにはどうするか

 そう、鳥越は「カッコ悪い」人物だったのだ。ようするに、彼に備わっているのは「蛮勇」。できないからこそ、蛮勇をふるってやる、怒られても、怖れず前に進んでいく、そう腹をくくったものだけが持てる蛮勇。これがあるから、彼は新しい自分に出会えるのだ。

 ではなぜ、彼は蛮勇が持てるのか。その答えは、彼の「その後」にあった。

 相模屋のおとうふがどんどん売れていくと、鳥越は大豆の仕入れにも手を加えた。買う量が多ければ、発言力が増す。いまや鳥越は大口顧客として、北米の大豆の産地を訪ねて農家と関係を持ち、おとうふメーカーとして要望を伝えているのだ。

 「出張はいつも殺人的なスケジュールです(笑)。大豆は5月に播種(種まき)したあと、7~8月に雨が降るか、日が照るかによって生育状況も味も変わります。もちろん、産地によっても味は異なります。だから、行って見ておくと、今後はどんな大豆が日本に入ってくるかわかるようになるんです」

 商社側から見れば、北米視察は「接待」としての意味も持つはずだ。だが鳥越は、ラスベガスに行く、ゴルフに行く、といった用事をすべて断り、朝から晩まで大豆の畑を見続ける。日本におとうふメーカーは数あれど、北米に大豆の生育状況を見に行っている人物が何人いるだろう?

「できないこと」の正体は「今、できないこと」だ

 工場で使う機械に関しても同じで、彼は徹底的に勉強していた。だから「Gとうふ」シリーズのような複雑な形の商品も世に出せた。もちろん、おとうふそのものについても同じで、鳥越は朝1時に起きながら職人技を身につけている。だから、レンジで簡単に楽しめる「とうふ麺シリーズ」、絹とうふを唐揚げにした「絹唐揚げ」など、特徴的なおとうふを開発し 安定的に生産ができる。もし、鳥越自身がおとうふづくりに通じていなければ、とても「柔らかさ、固さ、濃さを自由自在にアレンジし、今までないおとうふをつくろう」という発想はなかったに違いない。

「ひとり鍋シリーズ」の新製品「とうふ麺」。麺もスープも豆乳で、「食べごたえがあるのに低カロリー、低糖質」と売り込む。人気の担々麺もある。

 「暗黙知」という言葉がある。人が人に教えることができる「形式知」と違って、どうしても伝わらない職人技のような「知」を表わす言葉だ。鳥越は、おとうふが好きで、おとうふづくりを学び、誰よりも情報を収集するうち、おとうふの「暗黙知」を得たのかもしれない。だから、周囲は「できない」と思ってしまうことも、彼は蛮勇を持って「いけるかも」と考え、蛮勇なのに、あたるのだ――。

 鳥越が話す。

 「できるかできないかなんて、やってから考えればいいんですよ。やらずにいたら、どうしても慎重に考え『できない』って思いますよ。でも、やってみなきゃ、わかりません。世の中に『できないこと』なんかなくって、しょせん『今はできないこと』と『過去、できなかったこと』だけなんですから。必死でやって、やりながら『できること』に変えていけばいいじゃないですか」

 相模屋食料・鳥越淳司。それから「ひとり鍋シリーズ」「とうふ麺」「焼いておいしい絹厚揚げ」などをつくった日本一のおとうふ屋だ。だが彼ですら、最初は「なにもできない人」だった、というわけだ。

 彼は今後、どんな人物と出会い、どんな自分と出会い、どんなおとうふを生みだしていくのだろうか。

第三工場で今日も「おとうふ」ができていく

(完)