「鉛筆をなめなめつくったようなものです。おとうふに関しては精通していましたが、金融機関の方に提出する事業計画書づくりに自信はありません(笑)。もし書面だけなら『貸せない』と言われていたかもしれませんね。ただ必死で熱意を訴え、金融機関の方に『地銀の役割は、こういう、出てきた芽を応援することではないか』と認めてもらえたんです」(関連記事はこちら→「“ザクとうふ”の相模屋は、なぜ年商以上の融資を受けられたのか?」)

 次は機械だ。アツアツのおとうふがつくられているため湿度が高く、鳥越いわく、ラインからは「水もワチャワチャ出ます」。精密機械には厳しい環境だったため、ロボットのメーカーには「できない」と言われた。おとうふを入れるパックも、ラインに適合したものがつくろうとしたら非常に薄くなって、パックメーカーの担当者に「我々の常識にはない」と言われた。鳥越は苦笑する。

 「四方八方から『できない、できない』の大合唱ですよ」

 しかし鳥越にしてみれば「できないことをやんなきゃいけない」わけで、そもそも「できない」と言う側とは感覚が異なる。鳥越は、時にはみずからも機械やパックのメーカーに「こうすればできるのでは?」と提案し、改良を重ねてもらった。

 ついに第三工場が稼働しても、今度は商品を仕入れる生協の仕入れ担当者からの強烈な叱責が待っていた。生協は厳しい品質管理体制を敷いており、相模屋からおとうふを仕入れるにあたって、わざわざ担当者が幾度も第三工場に来て、指導をしてくれた。

「できないことだらけ」の経営者だった

 「生協さんと取引するということは、いわば、飛行機のパイロットになったようなものです。事故は絶対に起こせません。『これくらいならいいだろ』は絶対に許されないのです。仮に工場内での服装が少し乱れていれば『髪が入る原因になる』と捉えられます。機械の洗浄だって、隅の隅に少しでも洗浄し残しがあれば『これがもとで大事故が起こる』とお考えになります。想像以上の厳しさでした」

 生協の担当者に、強い口調で怒られた。「あなたたちのレベルで この巨大な工場の管理は絶対にできません。あなたたちがこれから取り組む第三工場、その規模と生産責任を本当に理解しているんですか!」と言われた。また、生協にトラブルを報告する時、叱責が怖く、事前に報告のリハーサルを行ったこともあった。すると生協側の担当者に「練習したでしょ? そんなことをしているヒマがあったら1つでも不具合を直して下さい!」と子どもを叱るように言われた。修正した箇所は、通算3000カ所にものぼった。

 そう、実を言うと鳥越は「できないことだらけ」だったのだ。

 ただし、これははからずも、「最初からできる人」など誰もいないことを示してはいないだろうか?

 誰もが、自分は頼りないことを知っている。鳥越も同じだったろう。第1回で書いたように、ファッションショーで女性向け商品をPRするなど、鳥越に経験も自信もあろうはずがない。世界的企業の不二製油と関係を持つことも同じだ。鳥越に聞けば……。

 「第三工場も同じで、土地を買った時、まだ様々なロボットメーカーの技術を調べていたくらいですよ(笑)」

 ではなぜ? 失敗するのは恐ろしい。否定されるのは何よりつらい。なのになぜ、鳥越はできると考え、やろうとするのか?