茂木:国際的な文脈の中での思いと同時に、日本の内側、たとえば東北被災地との関係も意識されていますか。

:それは、意識しています。2020年は少子高齢化オリンピックであると同時に、復興オリンピックでもある。その点でも、回転寿司的なマーケティングではなく、土地に根付いたものの価値を訴えていきたいですね。新国立競技場には、東北の木材を積極的に使っていきます。東北は杉でも、すごくいい材料が揃っているんです。そういった、日本の風土から生まれるマテリアルを、すなわちいいネタを、ぜひ味わってもらいたいです。

茂木:いいですね。同時に新国立競技場は、建築家・隈研吾のキャリアの足跡としても、ずっと残ります。丹下さんの建築に触発された隈さんが、半世紀以上を経て、新たな国立競技場を手がけることは、最も幸せな展開だと思います。

:茂木さんは前の東京オリンピックに思い出はありますか。

茂木:僕は2歳ですから、前回は全然覚えていないです。

:2歳だったら、しょうがない。でも、高揚の雰囲気はあったでしょう。

茂木:当時の日本人にとって、ものすごいできごとだった、ということは理解しています。今後はあらゆる場面で、2020年東京が、前のオリンピックと比較されていくことでしょう。2020年東京が、どういう形で我々の記憶の遺産として受け継がれていくか。そのことも大きいですよね。そういったモニュメント性というのは意識されていますか。

杜を味わう明治神宮のように

:オリンピックという大イベントですから、当然、モニュメント性は意識します。といっても、巨大なモニュメント建築という古臭いものではなく、神宮外苑の杜の一部として競技場もぼんやり憶えているみたいなあり方。明治神宮はまさしくそうでしょう。みんな明治神宮の奥にある本殿の建物だけを憶えているのではなく、緑の杜の中、玉砂利の道を歩いていくと、奥に建物もあったな、という感じで記憶する。それが現代のモニュメント性だと、ぼくは理解しているんです。

茂木:ああ、いいですねえ。外国の方だって、本殿もさることながら、あの杜を味わいに来ているわけです。明治神宮の杜は実は自然林ではなく人工林で、100年前に、100年後のことを考えて365種の木を植えた人たちがいた。そういうスピリッツが日本人の中にはあるんですよね。

:しかも現代は、技術が高度に進化したというアドバンテージがあります。

茂木:新国立競技場の敷地では、「春の小川」のような光景も再現されるという噂を聞きましたが。

:高度成長期に埋め立てられた渋谷川を、もう一度、地表に流そうと思っているんです。童謡の「春の小川」の題材となった川は、渋谷川の支流の一つと言われています。

かつて渋谷川があった谷筋に「せせらぎ」を再現する。画像は1階デッキ部分の「せせらぎ」のイメージ(新国立競技場整備事業「A案」の技術提案書より)

茂木:日本もそういうことをやり始めた。それはうれしいですね。

:小川の再現も、やり直しコンペのA案の提案書に最初から入れてました。ぼくらの提案書では、建物の形がどうだという以上に、「春の小川」の再現とか、市民にいつでも開かれた空中の通路とか、周囲の緑が30年後にどんなネットワークを作るかとか、そういうことに力を注ぎました。

茂木:2020年東京オリンピックのレガシーは何か、というときに、それは小川であり、杜である、と。その意味で、明治神宮と近い思想であり、まさしく外苑の杜にふさわしい。今、人々は、そういうことをいちばん求めていると思います。新国立競技場は日本、そして東京にとって、輝かしいターニングポイントになると思います。僕、わくわくしてきました。こういう形に決まって、よかったなあ。

(構成:清野由美)

隈 研吾(くま・けんご)
1954年、横浜市生まれ。1979年、東京大学工学部建築学科大学院修了。米コロンビア大学客員研究員を経て、隈研吾建築都市設計事務所主宰。2009年より東京大学教授。1997年「森舞台/登米町伝統芸能伝承館」で日本建築学会賞受賞。同年「水/ガラス」でアメリカ建築家協会ベネディクタス賞受賞。2010年「根津美術館」で毎日芸術賞受賞。2011年「梼原・木橋ミュージアム」で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『負ける建築』『つなぐ建築』『建築家、走る』『僕の場所』、清野由美との共著に『新・都市論TOKYO』『新・ムラ論TOKYO』などがある。

※この連載は、書籍『なぜぼくが新国立競技場をつくるのか』 の内容を再構成したものです。