茂木:「アルファ碁」が世界最強と言われる囲碁棋士のイ・セドルさんと対戦したときに、英語の解説者が「先生」という言葉を、独特のニュアンスで使っていたんです。厳密に言うと「先生」ではなく「Sensei」になるわけですが、その「Sensei」には、あまりべらべらとしゃべらないで、肩で語るという、日本人的な美学のニュアンスがちゃんと込められていました。そのニュアンスは、我々が思っている以上に世界的な普遍性があって、実は日本人の必殺技じゃないかと思ったんです。

:囲碁、将棋、柔道、剣道という伝統的な世界の深みは、言葉だけでは表せないことの継承ですよね。

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
1962年、東京生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、慶應義塾大学特別研究教授。東京大学理学部、法学部卒業後、 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。

茂木:「禅」の哲学もそうですよね。禅にはスティーブ・ジョブズも傾倒していましたが、その神髄とは、底流にある優れたセンスについては語らず、むしろ言葉をそぎ落としていくことにありますでしょう。隈さんの建築も、外国だと「禅」的な文脈で理解されることがあるのではないでしょうか。

: 禅という言葉で語られたことは初めてですが、ぼくの建築の造型が雄弁ではないところは、通じるかもしれません。

茂木:ザハ案は、圧倒的に雄弁でした。

:その意味では、ぼくの作るものは、すごく無口な建築だと思います。

茂木:その無口さというものに、我々は根拠のない引け目を感じたりしていますが、実はそれ、世界に出たときには意外と魅力的な特質なんです。我々日本人は「語らないマナー」をごく自然に身に付けていて、だからこそ普段は気づかないものなのですが、日本人が国際的に発信できる強みだと、僕は逆にとらえています。

日本人は「無口の力」で活躍する

:確かにぼくも、海外の人間とコミュニケーションを取るようになってから、「無口の力」を発見したところがあります。とにかく雄弁では勝てないから、だったら無口の力みたいなものを自分で磨くしかないな、と。

茂木:逆に彼らは、なんであんなにベラベラしゃべるのか、と思うことがありますよね。

:教育がそうなんです。アメリカに留学していたときは、図面そのものよりも、図面を前にしてベラベラと華麗にしゃべる学生が幅を利かせていました。

茂木:ただ、向こうにも無口な人もちゃんといるでしょう。表に立つ人たちではないけれど、それが含蓄、含羞、思考の深みとして受け入れられ、尊敬もされている。そんな場面はたくさんあります。アメリカ文化の中にも、それはありますし、特にイギリスでは表面的な言葉やディベートの能力ではなく、深い思考が評価される。日本社会と通じるところは、ありますね。

:無口の含蓄と効用は、すごく大事なポイントですね。今日、茂木さんに言われて、ああ、そうだった、とあらためて発見しました。

茂木:新国立競技場に戻りますと、ジャーナリスティックな視点から、どうしても触れなければならないことが聖火台です。聖火台が設計から漏れていた、と一時、騒がれましたが、どうなっていたんですか。

:要項に明記されていなかったことは確かなのですが、実は聖火台は重量もたいしたことはないですし、木の空間の中にも木と一定の距離をおけば何の問題もなく簡単に置けるので、設計者から言わせてもらえば、どこにでも置けるし、どうにでもなるんです。ぼくたち設計サイドにとっては、そもそも大きな心配事ではなかったので、騒がれて逆にびっくりしました。

茂木:そうだったんですか。

:ただ、予算は必要ですから、誰がその予算を受け持つか、という問題はありました。