:今回の新国立競技場は、奇跡のように、たまたまぼくのところにやってきました。最初のコンペには、参加すらしなかったのですから。でも、そのまま通り過ぎても、よかったんです。ほとんどの場合は、通り過ぎていってしまいます。その中で、ごくたまに、こうして神さまが気まぐれを起こすのかもしれません。

建築家が「受け身」のスタンスというのも意外な気がします。日本では、仕事は自分からもらいに行くもの、積極的に相手に飛び込んでいく心意気が大切だ、という考えが一般的ではないでしょうか。

:海外で仕事をする機会が増えるにつれて、自分から売り込んでいくスタンスはネガティブに作用すると思うようになりました。海外では、自分から「やりたい」とクライアントに向かって行くと、「この人は仕事がほしいんだ」と、甘く見られて、値切られたり、いじめ抜かれたりと、ろくなことが起こりません。

 日本では、仕事をしたければ、誠意をもって相手にお願いに行き、仕事を「いただいた」ら、あとは下僕(しもべ)になって、すべてを捧げる(笑)。日本の市場はパイが小さいので、濃密な人間関係が成立している環境では、「お願いにあがって、仕事をさせていただく」というマナーが効くのでしょう。しかし、世界市場という大きなパイでは、こっちからお願いに行ったが最後、自分の立ち位置は不利になる。そのため発言権が与えられず、いい仕事ができなくなるのです。

新国立競技場のやり直しコンペで選ばれた「A案」は木を使ったデザイン。木の庇(ひさし)が重なっていて、やさしい影を作り、庇の上部には野の草が植えられている(大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JV作成/JSC提供)

 建築家に限らず、日本のビジネスパーソンは、これからは仕事をもらいに行ったらいけない(笑)。会社員であっても、フリーランスであっても、自分の技を磨き、自分の仕事への信頼を周囲から獲得する。そうすれば、自らお願いに行かなくても、いい条件で仕事を頼まれるようになっていきます。少なくとも、そう信じてマインドセットした方がいい。「何でもやりますので、仕事をください」では、現実はジリ貧になる一方です。

とはいえ、プロジェクトが始まったらどうでしょう。受け身のスタンスでチームをまとめられるのでしょうか。新国立のプロジェクトではどうでしたか。

建築家の“自己主張”がプロジェクトの妨げに

:やり直しコンペの締め切りまで、2カ月半しかありませんでした。それなのに、建築家が「オレが、オレが」というスタンスでいたら、あっという間に時間切れになってしまいます。プロジェクトでは、大成建設と梓設計の人たち数十人でチームを組みましたが、なにしろ建築界においてすら、建築家という人種の定義は「ヘンなことを言い出して暴走する人たち」ですから(笑)。

 チームメンバーの懸念を払拭するために、最初のころはとにかく聞き役に徹しました。すると、メンバーから「今はこういう工法があります」「この場合は、こんな方法が使えます」と、最新の技術実例や、いろいろなアイデアが出てきます。一方で、最初からいきなり「この建物はこうすべきだ」と建築家が決めつけてしまうと、メンバーが遠慮し、あきらめて、「了解です。これでいきましょう」などと言うようになる。あとは日本的な「ことなかれ主義」に陥って、どんどんダメな方向に流れてしまう。

目に浮かぶようです。

:どんなプロジェクトでも最初は、“落としどころ”なんて見えないわけです。そんなときは、邪魔な発言をせず、うなずいたり、「うーん、どうですかね」と、ボソボソと話す。すると、みんなが遠慮せずに自由に意見を言える空気が生まれる。そして、「なんか、それ、違いませんか?」という意見がメンバーから出てくると、ぼくは逆にすごくうれしいんです。

なるほど。「受け身」はチームマネジメントでも生きてくるのですね。2カ月半で案をまとめる中で、「これならいけそうだ」と手応えを感じた瞬間は?

:建築の設計にあたって、ぼくがいつも意図していることが二つあります。一つは「なるべく建物の高さを低くしたい」ということ。もう一つは、「地元の自然素材を使いたい」ということ。単純なんです(笑)。

 ザハ案の新国立競技場は、建物の高さが75メートルと、非常に高く設定されていました。やり直しコンペでは、それをどこまで低くできるか、というのがチャレンジでした。屋根を支える構造を単純化して、3層になっている客席の各階の高さを切り詰めていくと、全体の高さが「49メートルまで下げられる」と構造チームから聞いたとき、「よし、いける」と、初めて自信のようなものが湧き上がってきました。ちなみに、旧・国立競技場では、照明の上部が60メートルの高さでした。