前回出てきた、てんやの保冷ボウルなどの調理器具や、照明などの工夫、出店数増加や海外展開は、従業員やアルバイト、パートさんが「自分の仕事に納得して現場で一生懸命やれる」ための一助であり施策なんですね。

 よくあるたとえですけれど、現場で働いている人に「貴方の仕事はなんですか?」と聞かれて「石を積むことです」「石垣を作ることです」「城を造っています」の、どれが答えになるかによって、それぞれの人の納得度は違うでしょうし、できあがる城もかなり違ったものになるでしょう。

 私はずっと外食の世界で働いてきた人間なので、他の業界のことは存じませんが、少なくともフードサービスの経営は、人と商品が基軸です。店で働く人を、最澄さんを何度も例に出して恐れ多いのですけど、一隅を照らす人に育っていただけるようにすることが、とても大事なんです。シビアな話ですが、お客様を大事にしないと業績は上がらない。それには、現場で働く人を育てないと、パフォーマンスが上がらない。きれい事ではなく、企業経営の原則がそれを求めるのです。

 だからといって、これを高圧的、ないしは強制的にやっても意味はありません。僕が店長たちによく言うのは、「強くなければ、店舗を守れず生きていけない。優しくなければ、店長として生きていく資格がない」…はい、今度はフィリップ・マーロウのもじりです。

 そのために、テンの社員、特に店長、リーダーには「テン型人間になろう」と何度も言っています。あ、これは「T型人間」のもじりです。我ながらダジャレ好きですみません。豊かな人間性と専門性の両立ということで、うちはテン型という言い方をしているのだ、とご理解ください。

精進料理のおいしさに目覚める!

 縦軸は天丼、天ぷら屋としての専門性を磨きましょう、ということになります。横軸は、人間性です。そういうと大げさに聞こえますが、まずは、時間を守る、挨拶を自分からする、笑顔を忘れず、とか、当たり前のことからなんですけど、先は長く深いんです。

 いろいろなバックグラウンドの方、たとえば主婦、学生、フリーター、外国人、男女、老いも若きも、様々な理由でてんやで働いてくれています。その方たちをちゃんと育てて、一隅を照らす気持ちを持った人間にしていくのが、店長の仕事です。

 業務上の専門知識や技術は必須ですが、そんないろいろな人が、まずはきちんと時間を守り、挨拶をする、笑顔を絶やさない気持ちになってくれるように導き、さらに、迷ったとき、困ったときに、頼ってくれるリーダーになってほしい。それには人間性がとても大事です。

 今度は、「じゃ、どうすればそんな人間力が身につくんでしょう」となりますね。これも、私の答えは案外簡単、というか、当たり前でして、新しい体験をどんどんしていくこと、だと思います。そのために、研修でもいろいろな体験をしてもらっています。

 去年初めてやってみて良かったのは「座禅」。今年は写経も入れて、ちょうど今日が最終班の体験日かな。場所は宗教法人曹洞宗が経営している東京のホテルで、大きな畳敷きの道場があるんです。お坊さんたちが、座禅の組み方から、警策(きょうさく)の受け方、お説教まで、丁寧に指導してくれます。

 あっ、また「よりによって座禅か」とか思っているでしょう(笑)。では実際に、おやりになったことはありますか? テレビなどのイメージで「ああ、あれね」と分かったことにしていませんでしょうか。体験すると心が洗われて「こういうものだったのか」と思いますよ、きっと。

 実は僕がこの研修で一番好きなのは、なんといっても料理ですね。お昼にいただける精進料理。これがもう、とてつもなくおいしい!