しっかりとした死生観を持つことが大切

なぜ、こうした「妥協」が生まれてしまうのでしょうか。

津川:病院が強く反対したからではないでしょうか。包括支払いになったら、その後、徐々に報酬も下げられて、いずれ梯子を外されてしまうのではないかと病院は考えるでしょうね。歴史的にも、日本はそういう「梯子を外す」ことをやってきた傾向がありますから、医療提供者の多くは厚生労働省に対して不信感を抱いているのかもしれません。

 もちろん、国と医療提供者は、同じ方向を向かなければなりません。病院もつぶしてはいけないし、医者も失業させてはいけないけれども、国が破産するわけにもいかない。そのことには、誰もが同意するはずで、本来であれば二人三脚で改革を進めるべきです。

時間がかかりそうですね。

津川:いや、そうとも限りませんよ。米国でも、クリントン元大統領の時代には、医療改革に医師会は反対をしましたが、オバマ前大統領の時には反対をしませんでした。医療費が拡大して持続可能な状況ではないという問題が見えていれば、同じ方向を向いて議論することができると思います。

 医師はすごく強欲なわけではありません。一般よりは高い報酬を得ているかもしれませんが、極端な高給取りではありません。人をだましてカネを儲けようとしているのではなく、基本的には患者さんを助けたいと思って医者になっている人がほとんどです。医療費で国の財政が破綻するまで、今の制度を続けようとは思っていません。

 ただ、自分たちだって生活が心配だし、国に対する不信感があるから、なかなか前に進まないのだと思います。それでも、問題が顕在化していけば、二人三脚で問題解決に取り組むようになってくると思います。

医療費拡大の要因の1つに、延命治療など終末期にかかる高額の重装備医療があるとも言われています。

津川:ここで注意をしなければいけないのが、ほとんどの研究は、亡くなった患者さんについて、例えば亡くなる前の6カ月間にかかった医療費を調べ、生涯の医療費に占める割合を算出するといったものです。亡くなったというのは結果なので、医療行為を施して回復した患者さんのデータは含まれません。

 つまり、亡くなった患者さんの終末期にかかった医療費が高額なのは、ある意味当然で、その数値が独り歩きしがちです。そもそも、健康な人には医療費はほとんどかかりません。具合が悪くなって、突然、多額の医療費がかかるわけです。そうした背景も、考慮しなければなりません。

 もちろん、日本ではやたらと胃ろうを作ったり、おそらく患者さんが望んでいないであろう終末期医療が多いことは確かです。終末期医療には、痛みを緩和していい時間を過ごせるようにしようといった、患者さんが望むものもあります。しかし、寝たきりで意識もないのに胃ろうが入って何年も生き続けるといったこともあります。本人が望んでいないのに、誰も意思決定ができずに、ズルズルと延命してしまうのは不幸な状況でしょう。

 終末期医療の議論で注意すべきなのは、本来、生きたい人に対して社会的なプレッシャーをかけるようなことはあってはならないということです。高齢者なのに抗がん剤を打ったらもったいないではないか、といった意見も聞きますが、90歳を超えてもしっかり歩いてご飯も食べて元気な方だっているわけです。

 終末期医療はお金がかかるので削減しましょう、という議論ではなくて、本当に患者本人や家族はどのような医療を望んでいるのか、といった議論を進めるべきです。胃ろうを入れたり、意識のないまま寝たきりで生き続けたりすることは、患者さんの多くは望んでいないはずです。

 日本では多くの場合、家族に「どうしますか」と意思決定を求めますが、患者さんの生き死にを家族はなかなか決断できません。ですので、国民一人ひとりが、あらかじめ寝たきりになったら、延命は止めてほしいという意思表示をしておくべきなのです。

 医療費が高いから延命をやめましょう、という議論ではなく、それはみんなにとって望むべき理想的な医療ではないのでやめましょう、という議論を展開すべきです。医療費が高いから、という議論にすると、必ず、高齢者や病気の人が悪者にされてしまう。

それは、冒頭で指摘した世代間の対立をあおり、社会を分断するリスクを高めてしまうことにつながってしまいますね。

津川:そうです。どの国でも、「高齢者だから」というように年齢で区切って医学的な適用を拒否することはしていません。年齢を判断材料にすることはあっても、医療行為を拒否することは倫理的に問題があります。

 重要なのは、無駄な医療をやめることです。そもそも、医療費の2割は無駄と言われています。年齢によって医療の適用を区別するのではなく、どうしたら医学的に必要な医療に限りある財源を有効活用できるかという議論を、国民レベルで深めていくべきでしょう。

その際に大切なのは、私たち一人ひとりが、どう生き、どう死ぬかという、死生観をしっかりと持つことなのかもしれませんね。

津川:それこそが、幸せに暮らし、幸せに死ぬために必要なことだと思います。そして、それによって副次的に、医療費が減っていくのだと考えられます。

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