そもそも、医療費のコントロールは難しい

世代間の不公平感、つまり高齢者が優遇され過ぎているという議論では、特に年金や医療費など社会保障の在り方が問題視されています。津川さんの専門である医療で考えると、どうしたら、こうした世代間の不公平感が生まれるような状況を是正できるのでしょうか。

津川:医療では、いくつかの問題があると思います。まず、日本の医療費が高いというのは、その通りです。しかも、コントロールが非常に難しくて、世界中どの国と見ても、医療費をうまくコントロールしているところはほとんどありません。つまり、答えがないことを解決しようとしているんですね。

 基本的に、国の財政では防衛費や教育費などは政治的な判断で決定できます。一方、医療や年金については、政治が直接的に決定することはなかなか難しいわけです。特に医療費は、医療サービスがどれだけ使われているかや、どれだけ新しい高額の薬が開発されるかなど、外的に決まる要素が非常に大きい。間接的にコントロールすることはできても、予算配分できちっとコントロールすることは難しいという現実があります。

 ちなみに、社会保障費というと、基本は年金と医療ですが、これらは全く異なる性格を持っています。米国では「医療費の問題」と言うのですが、日本では年金も含めて「社会保障費の問題」と言いますよね。おそらく、社会保障費とすると額が大きくなるので、インパクトを出すためでしょう。その方が、危機感をあおりやすいからかもしれません。

 年金は基本的に富の再分配をする仕組みなので、政治的な判断をすれば、コントロールできるはずです。政治家がリスクを取って「支給額を減らします」と言えば、減らせるでしょう。

 しかし、医療は全くの別物です。ロボット手術やC型肝炎治療薬、抗がん剤「オプジーボ」といった高額な医療技術の開発がどのように進むのかは、かなり予測が困難です。高齢化が医療費の増加の一端を担っていることは確かなのですが、少なくとも米国のエビデンス(科学的な根拠)では、医療費高騰を招く最も大きな理由は高度技術の開発だと言われています。

 医療費の高騰は、高齢化で医療需要が増加するから仕方がないという側面はありますが、それ以上に高度技術の開発をコントロールすることは、高齢化の問題以上に難しいと考えるべきでしょう。新しい薬を開発させないわけにはいきませんし、日本で開発しなくても海外から入ってきますから。何よりも病気で苦しんでいる人の希望を閉ざすことになりかねません。

医療費をコントロールするのが難しいとしても、このまま医療費が拡大し続ける状況を何とか抑制しないと、結局、その恩恵を主に受けているのは高齢者だという不満につながりかねません。どういう手立てを取り得るのでしょうか。

津川:日本での議論で足りていないのは、エビデンスと医療経済学的な理論に基づいた制度のデザインだと思います。具体的に日本で耳にする議論のほとんどは、自己負担を上げる、もしくは診療報酬点数を引き下げるという方法だけですよね。

高齢者が優遇され過ぎているから、自己負担をどれだけ上げるかというのが、政治のせめぎ合いになっている面は、確かにあります。

津川:自己負担を上げるのは有効な手段なのですが、どちらかというと対処療法的な方法です。もっと重要な構造的な解決策を考える必要があると思います。

 医療費については、2つのことを考える必要があります。1つは、今、どれくらいかかっているかという、医療費の水準です。そしてもう1つが、毎年どれくらい上がっているのかという、増加率の問題です。自己負担を少し上げるというのは、1つ目の医療費の水準を下げることなのですが、増加率は変えてくれません。つまり、例えば財政が破綻するのが10年先だったら、それをさらに数年先延ばしにすると言ったくらいの話です。

 しかし、本来は2つ目の医療費が増える傾きをなだらかにすることが大切なんです。それをしないと、問題を少し先送りをするだけで、根本的な解決にはつながらないからです。

 もちろん、消費税の税率を上げるといった、財源を増やすという議論もあります。しかしこれも、医療費が増える傾きを下げるわけではありません。長期的に医療費の問題を根本的に解決する議論が、ほとんどなされていないのです。

 本来であれば、しっかり医療政策学者や医療経済学者が集まって、理念も含めてグランドデザインを作り直すべきなのです。

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