「キレる老人」が社会問題化し、頻繁に報道などでも取り上げられるようになっています。まず、シニア層を取り巻く問題について、藤原先生はどのように考えておられるのでしょうか。
藤原:まず、高齢者の様々な問題については、環境や制度を論じる前に個人の問題としてあると考えています。高齢者というのは若い頃と比べて、確実に身体的に衰えている。これは自分でも把握できますよね。だから、健康を維持するために散歩をしたり、スポーツクラブに通ったりする。ヨガの教室などでは生徒の平均年齢が70歳という教室もあるくらいです。

1955年、福岡市生まれ。92年に『運転士』(講談社)で芥川賞を受賞。2007年に『暴走老人!』(文芸春秋)を発表し、大きな話題を集める。近刊に『日本の隠れた優秀校』(小学館)がある(写真:的野 弘路、以下同)
ただ、身体に比べてより見えにくいのが、思考力やメンタルの部分です。これらも体同様に、ストレスへの耐性や克服する力というものが弱くなっていく。メンタルが「老化」するということですよね。しかし、自分自身がそれを自覚することは非常に難しい。本来であれば身体と同様に鍛えていくことが必要なのに、それができていない人が多いのです。
だから、体はピンピンしているのだけど、思考力や心は弱っているというアンバランスな状況が生まれてしまうのです。特に影響が顕著なのがコミュニケーション。ボキャブラリーや考えることだけでなく、人と会って会話をして、顔の表情を動かすこと。こうしたことが十分にできなくなっていくということです。
『暴走老人!』の中でも、コミュニケーション不全というか、他者と満足にやり取りできない高齢者の実例などが取り上げられていましたね。
藤原:表情筋をうまく動かせないから喜怒哀楽があまり表に出ない。その結果いつもブスッとした表情で生活して、身振り手振りも落ちてくる。そうすると表現力自体が、自分が頭の中で思っているのとは全く異なってくるわけです。それについて本人は自覚していないし、周りから見たら怒っているようにしか見えない。
加えて、60代に入って仕事をリタイアすると、現役時代のコミュニケーションの場を失うわけですよね。体を動かさないと体力が落ちていくように、コミュニケーションを維持し続けないとその力は弱っていく。その悪循環が他者と満足にコミュニケーションが取れず、それが時に暴発して「キレる」ということにつながってしまうのだと思います。
10年で事態はより深刻に
藤原先生が『暴走老人!』を書かれたのは2007年。10年経って状況はどのように変わってきたのでしょうか。
藤原:状況はより深刻になってきていますよね。高齢者の数が増えて本の中で書いたような問題点が増えているのに、何か改善が進んだかというとほとんど変わっていない。「キレる老人がいるのだ」という社会的認識は広がっているとは思いますが、それに対する手立ては模索が続いているということでしょう。
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