前回から読む)

思いを声に出して伝えられないことは「恐怖」

 シャ乱Qのボーカリストにして作詞・作曲家、モーニング娘などのプロデューサーとしても知られるつんくさんは2014年10月に声帯を摘出して「声」を失った。「声」か「命」か。咽頭癌になった音楽家の、究極の選択を迫られた末の決断だった。歌うことも、タレントに威勢よく指導することもできないことは、音楽家として致命的だ。いやそれ以前に、思ったことや感じたことをごく自然に声に出して伝えられなくなることは、恐怖以外の何物でもない。

 今後はテクノロジーの進化によって、たとえ声を出せなくても人とコミュニケーションすることは出来るだろうという考えは、お門違いも甚だしい。言葉と思考は一体だ。声に出して話すことによって「思考」そのものが輪郭を整える。人前で話しながら、その途中で自分の考えがまとまり、より鮮明になった体験を誰でも持っているに違いない。逆に言葉を失えば「思考」そのものもダメージを受けると言っていいだろう。

声を出せなくなり言葉を失ってしまうと、「思考」そのものもダメージを受けてしまう。(写真:PIXTA)

 報道によればつんくさんは、大変な努力によって食道発声法を身につけつつあるという。何が何でも自分の声を取り戻したいと願う思いの強さ、またその辛さは当事者にしかわからないが、その一端を脳梗塞の後遺症によって私も垣間見た。

麻痺は右か左の半身のどちらかに“きれいに”現れる

 脳梗塞の後遺症は右か左の「半身麻痺」となって現れる。

 体の中心線を挟んでものの見事に、麻痺が右半身か左半身に、きれいに分かれる。私の場合は右半身麻痺だったが、これが例外なく、右半身すべてが麻痺するから驚いてしまった。例外があっても良さそうなものだが、そうはいかない。表情筋も影響を受けるから、じっと顔を見つめると、顔の右半分がなんとなくいつもと違って見える。我ながらびっくりしたのは、口や舌の動きにも麻痺が出ていたことだ。にわかには信じがたがったが、左右の区別などない、一体のものと信じ込んでいた舌までも、右半分が麻痺していた。だから口から舌を突き出すと、舌先が大きく左側に寄ってしまうのだ。

 その結果、言葉を明瞭に話すことができなくなってしまった。さらに声量も落ちた。大きな声を発することが出来なくなってしまったのだ。