なめらかに発声するための舌の動きだから「滑舌」

 英語はダイナミックに舌を動かす言語だが、日本語の発音はとても平板で舌の動きなど全く意識する必要がないと、多くの日本人は感じているかもしれない。しかし言葉をなめらかに発声するための舌の動きや口の動きを「滑舌」と言うように、日本語の発音でも舌の果たす役割はきわめて大きい。軽度ではあったが、自分の舌の右半分が麻痺したことによって、それを思い知ったのである。

 タ行(タチツテト)の発音は舌を上あごに付ける。

 ラ行(ラリルレロ)は舌をタ行よりも奥の位置において軽くまるめて発音する。

 「パ」や「マ」は唇を合わせて破裂させて発音することから破裂音と呼ばれるが、じつはカ行(カキクケコ)も破裂音なのである。ただし唇ではなくて、舌の奥の方を少し破裂させて発音しているのだ。そのほか摩擦音、有声音、無声音など、日本語の発声の仕組みも複雑なのである。

宮沢賢治、夏目漱石、島崎藤村…名作を声に出して読む

舌の運動が終わると今度は実際に声を出す練習になる。

 「あーおーうー」

 「うーあーいー」

 「あーえーおー」

 こんな調子で、ゆったりと、母音の発声練習をやる。

 そしてリハビリの最後は音読だ。

 宮沢賢治、夏目漱石、島崎藤村などの名作の抜粋を声に出して読む。初見でいきなり読み始めるものだからひっかかるわ、かむわ、すんなり読めたためしがない。そして言語療法士からダメ出しをされた箇所を繰り返し練習して、最後に文章全体をもう一度読み直してリハビリは終了する。それでも大概の場合には完璧に読むことができず、自分の部屋に戻ってから何度も自主トレをしたことを覚えている。

 この音読で忘れられない思い出がある。

心温まる狐の親子の話、だが正直、馬鹿馬鹿しくなった

『手ぶくろを買いに』(新美南吉 著)

 児童文学作家である新美南吉(1913~1943年)の代表作のひとつ『手ぶくろを買いに』を読んだ時のことだ。心温まる狐の親子の話である。

 「寒い冬が北方から、狐の親子の棲んでいる森へもやって来ました」という書き出しで始まるこの作品の冒頭部分を音読した。

 「或朝(あるあさ)洞穴(ほらあな)から子供の狐が出ようとしましたが、『あっ』と叫んで眼を抑えながら母さん狐のところへころげて来ました。『母ちゃん、眼に何か刺さった、ぬいて頂戴早く早く』と言いました」

 ここまで読んだときに、正直、馬鹿馬鹿しくなった。いくらリハビリとはいえ、大人が真顔で「母ちゃん、眼に何か刺さった、ぬいて頂戴早く早く」と子供の狐になりきるのだ。もちろん音読は大変奥の深い世界で、プロの役者たちも真剣に取り組んでいる。しかし時が時だ。脳梗塞の後遺症で口がスムースに回らなくて、切羽詰まってリハビリに励んでいるのだ。狐の親子どころじゃない。

 「こんなもん読めるか」

 テキストを机の上に叩き付けたい衝動にかられた。

 だがやめた。

 「母さん狐」がどうやっても言えなかったからだ。何度やっても「母さん狐」の「ギツネ」がうまくは言えないのだ。出来もしないのに、テキストにけちをつけることはためらわれた。結局、自分の部屋に戻ってから何度も何度も「母さん狐」を練習する羽目になったのである。