「半分同意ですが、半分は違うかなと思います」

 わたしの目に映っていた現実とは違う、リハビリのプロの世界があった。しかしそれですべて得心がいったわけではない。高次脳機能障害もなく、麻痺も中程度の患者の場合でも、私の印象では、一度付けてしまったが最後、二度と装具は外せなくなり、内反を克服したり、筋力や関節など様々な弱点を克服するための気づきを得られなくなってしまうのではないか、と重ねて尋ねてみた。

 「半分同意ですが、半分は違うかなと思います。気づきが得られにくい環境になるのは同意するところです。そしてこの気づきが大きなポイントとなるのも事実です。これに対しては、裸足での練習がキーになるでしょうか。練習で得られるものが、装具を使うことで打ち消されてしまうのではないかと危惧されるかもしませんが、しっかりと運動学習されたものは打ち消されることなく、むしろ装具を履いて歩く感覚に違和感を覚え、『歩きにくい』と感じるようです。こういった経過を辿りながら装具を簡易化し、外すことを目指していきます」

一度装具を付けてしまうと、障害を克服するための気づきは得られなくなってしまい、その結果、二度と装具をはずせなくなってしまうという印象を、筆者は持っている。 ※ 写真はイメージです(画像:PIXTA)

「男女を問わず、本人の装具簡易化の希望は強い」

 しかし実際に装具を途中で外せる人は少ないのではないか。

 「そう多くないのが現実です。しかし簡易化していく方は、半分もいませんが、相当いらっしゃいます。男女を問わず、本人の装具簡易化の希望は強いです。ただ、我々から見ると身体の状態に見合っていない、補助力が十分ではない装具を作製せざるを得ないケースも、じつはあります」

 装具を外す事は出来なくても、より目立たない簡易な装具に取り替えたいという気持ちはよく分かる。結果的に、歩行能力の実力に見合わない装具を作ってしまうという話は切ない。

 この取材を通じて改めて感じた事は、初めから「装具をつけない」選択ができた私は幸運だったということである。

 それにしても裸足で歩行練習をする機会を奪ってしまった厚生労働省の罪の大きさははかり知れない。脳に新たな司令塔をつくる気づきのチャンスを、リハビリの現場から奪うという誤った判断の見直しを強く望みたい。

次回に続く)