ヘレン・ケラーのように手に流水をかけ続けた

 私はそれを忠実に実行した。来る日も来る日も動かぬ右手に流水をかけ続けた。ヘレン・ケラーが蛇口から流れ落ちる水を手に感じた瞬間、「ものには名前がある」と啓示をうけたような奇跡は私には起こらなかったが、この病院ではありとあらゆる局面でこうした「生活リハビリ」をうながしてくれた。

 例えば三度の食事時も、絶好のリハビリだった。

 入院直後、食事の時間になると、自分の部屋から食堂まで車いすをスタッフに押してもらって移動していた。右腕はまったく動かないばかりか、亜脱臼状態でダラリとしていたから、車いすに乗る時には右太ももにクッションを置いて安定させていた。

 食堂のテーブルまでくると、今度は車いすから椅子に必ず座り変えなければいけない。もちろん車いすのままで食事はできるが、自分の足で立ち上がり、椅子に座りなおすことがリハビリになるからだ。

 さらにまったく動かない右手も食事中、常にテーブルの上に乗せておかなければならない。その時は、右の太ももの上のクッションを椅子の肘置きの上にスタッフが置き換えてくれる。そのクッションを支えに右手をテーブルの上に置き、ちゃんと食事に参加させるのだ。動かない、使えないからと言って、右手を放置したりはしない。

iPhoneをモノサシ代わりにして、左手で薬の袋を切る

 手洗いや食事など、どんな場合もリハビリに「参加することに意義がある」との考えは、生活の中で実践した。反復はまさに自主トレであり、後々、大きな成果につながってくる。そこで私が始めたのは、薬を服用する際の右手参加だ。

 飲み間違いや飲み忘れがないように、薬は朝・昼・晩それぞれ透明な袋に一包化(服用時期が同じ薬をまとめて一袋に)され、看護師から手渡されるが、転院当初は看護師が中身を確認した後、封を破り、薬を左手の上に乗せてくれたものを口に運んで飲んでいた。

 この作業はリハビリになると思いついた。一包化された薬の袋を前歯で挟んでしまえば、左手だけでも簡単に封を切ることができるが、なんとか右手を参加させることはできないか。私は自分の両手を使うことに執着した。

 普通なら左右の両手で持ち、軽く破れるほど薬の袋は薄いが、当時の私は右手で袋をまともに挟むこともできなかった。そこでモノサシを当てて薄紙をきれいに破る要領で、iPhoneをモノサシ代わりにして、左手で薬の袋を切るという方法を思いついた。ところがこれが巧くいかない。右手にはiPhoneをしっかり押さえる力もないのだ。

薬の袋を破るという些細な作業も、リハビリのために活用した。(写真:PIXTA)

「脳が思いだしている」感覚

 しかし数日これを繰り返していると、どうしたら力が入るか、なんとなく要領が掴めてくる。「脳が思いだしている」感覚だ。

 メモを見ると「(2015年)4月2日にはiPhoneを卒業。右手で袋を押さえつけ、左手で封を切ることができるようになった」とある。

 そして5月になると、左右両手でつまんで封を切れるようになったばかりか、右手で薬をつまんで飲めるようにもなった。だが薬を口に運ぶために、右肩が上がり、異常に力が入ってしまっていた。これを「代償動作」という。本来使うべき筋肉を使って正しく身体を動かすことができず、他の筋肉を使ってその動作を行ってしまうことだ。大きな進歩ではあったが、身体本来の動かし方を忘れたまま、「代償動作」で薬を何度飲んでも「脳トレ」にはならない。

 するとその様子を見ていた作業療法士がすぐに飛んできて「右肩を下げ、肘から先を曲げるように」とアドバイスしてくれた。ティッシュペーパーを1枚ずつ重ねていくような地味な作業だったから、逆に、私の脳細胞は「思い出す」準備ができていたのだろう。作業療法士のアドバイスを意識するだけで、正しく腕を使って薬を飲むことができるようになった。

次回に続く)