あれこれ言うのは簡単だが、現実は困難を極める

 腕を動かすための筋肉は非常に複雑で、腕を曲げたり、伸ばしたりするのに必要な筋肉がアンバランスに過度に緊張してしまうためにこの現象は起こるのだが、現実には「気をつけ」ができないどころか、肘や手首の関節が「くの字形」に曲がり、胸の前で抱え込むような姿勢になってしまう人が少なくない。幸い私の場合は、その症状はなかったが、歩行練習中に緊張感が高まり、腕に力が入ってしまうと、肘から先が曲がり気味になってしまう。

 その他にも手首、足首、指関節等々、体中の関節の可動域が極端に狭くなったり、手足にしびれがあったりと、数えきれないほどの制約要因がある。だから、脳の神経回路をつなぐために末梢から刺激をいれていくのがリハビリだなどと、もっともらしいことを言うのは簡単だが、リハビリの現実は困難を極める。

 ざっくりとした説明だが、ここでちょっと整理をしてみよう。

 ① 脳が司令塔としての機能を喪失する

 ② 筋力の劇的低下

 ③ 筋肉や腱の拘縮によって手足が正常なポジションをキープできなくなる

 ④ 関節の可動域が極端に狭くなる

 上記の要素が複雑に絡み合って脳梗塞のリハビリを非常に複雑にしているのだ。

 さらに言えば、3~4週間、急性期病院のベッド上での生活で体幹がすっかり弱くなってしまい、基本となる身体の姿勢制御もできなくなっているのだ。そんな状態からリハビリ専門での復帰訓練が始まるのだから、大変だ。アスリートのリハビリは、脳梗塞のリハビリとは比較にならぬほど単純だ。超一流のパフォーマンスを取り戻すには大変な苦労が必要なことは容易に想像がつくが、リハビリの複雑さという点においては、脳梗塞のリハビリの足元にも及ばないだろう。

生活の中の動作こそがリハビリなのである

 初台リハビリテーション病院での100日に及ぶ入院中、私は一日も休まずリハビリの予定をこなしたが、リハビリの時間だけがリハビリではない。生活の中の動作こそがリハビリなのである。地味で、些細で、はた目には入院生活のありふれた日常の動作にも、明確なリハビリの意図を潜り込ませているところに、この病院の凄さがある。

 トイレの後の手洗いはもちろん食後の歯磨きも励行する。洗面台の下に車いすに乗った脚がすっぽり収まる設計になっているうえ、洗面台は平らで大きく、非常に使いやすい。利き手の右手が麻痺していても、左手だけで容易に洗面や歯磨き等ができる環境だった。

 しかし入院初日、私の担当になった作業療法士からこんなアドバイスをもらった。「手を洗う時には、必ず右手も参加させてください。流水で刺激を与えることが大事です」