ことほど左様に脳梗塞のリハビリは脳トレなのである。だが厄介なことに脳トレだけと言うわけにはいかない。脳に刺激を与えて神経回路をつなげるためには、手足を動かさなければならない。その“動力”は筋肉だ。つまりリハビリは脳トレなのだが、もれなく筋トレがついてくるのだ。

 しかしそれはトレーニングジムでやるような激しい筋トレではなく、傍目にはまったく動いていないのではないかと思えてしまうほど些細な運動から始まるのだ。なぜなら脳梗塞発症から初台リハビリテーション病院に転院してくるまでの3週間ほどの間に、おそろしいくらい全身の筋力が衰えてしまっていたからだ。

筋力低下がもたらすダメージも大きかった

 つい最近、久しぶりにお目にかかったある経営者が、私の立ち姿を見て「本当にリハビリを頑張りましたね」と褒めてくださったのだが、その声には深い共感がこもっていた。

 「交通事故で肩の骨を四つに骨折し、そのリハビリに1年半もかかってしまった。右肩から右腕までを長期間固定していたから、腕の筋肉や肩まわりのインナーマッスルがおそろしく衰えてしまい、骨折は治ったが右腕がまったく動かなくなってしまった。整形外科でおじいちゃんやおばあちゃんに混じって動かない手をわずかずつ動かす日々を続けましたから、財部さんの苦労も少しはわかる」

 そんな経験が私のリハビリに対する共感につながったのである。

 実際、脳梗塞を体験してみると、この筋力低下がもたらすダメージも凄まじいものがある。手足を動かすことで脳を再教育したいのに、手足を動かすための“動力”である筋肉が極端に落ちていることもリハビリの難しさにつながっている。

「気をつけ」ができず、手は「グー」の形に

 脳梗塞や脳出血の患者はさらに重大な問題を抱えることになる。

 それは筋肉や腱(筋肉と骨を結合させる組織)が強く突っ張ってしまい、手足が正常なポジションをキープできなくなってしまうことである。脳梗塞を発症するまで、あたり前にできていたことがものすごく難しいことになってしまう。

 分かりやすい例をあげると、子供が運動会や体育の授業でやる「気をつけ」ができない。両腕を体側にそって地面にまっすぐ下ろし、指先もぴんと伸ばすのが「気をつけ」だ。その両手を肘を起点として90度前に引き上げれば「前へならえ」になる。子供の頃、誰もが経験したお馴染みのポーズだ。ことさらに力を入れる必要もなく、どうと言うことのない姿勢だ。ところが初台リハビリテーション病院で目にした患者の多くは、これができない。

 なぜなら、自分の意思とは無関係に、腕の関節が「くの字形」に曲がり、手のひらはジャンケンの「グー」の形で、ぎゅっと握りしめられているからだ。

脳梗塞を経験した患者にとっては、小学生が体育の時間にする「気をつけ」さえも困難になる。(写真:PIXTA)