翌朝容体が急変、点滴治療が始まった

 11日(水)、12日(木)とまる2日間、病院で安静にしていたが、体調には何の変化も起こらず、このまま何事もなくすんでしまうかのようであった。そうなると仕事のことが気になってきた。

 13日(金)は午後から御殿場で講演をすることになっていた。講師に引き受けた以上、何をさておいても駆けつけなければいけない。さらにその日の21:00には私がホスト役を務めるBSイレブンの対談番組『経済深々』の生放送が控えていた。みずほ銀行の林信秀頭取(当時)がゲストだった。どちらも絶対に穴をあけるわけにはいかない。

 仕事に対する責任感が増すほどに、脳梗塞を恐れる気弱な心が小さくなっていった。私は担当医に外出許可を願い出た。

 13日の朝、いったん自宅に戻り着替えを済ませ、御殿場の講演会、夜のテレビ出演を予定どおり行い、病院に戻ってくるつもりだった。随分と不用意なことをすると思われるかもしれないが、体調はすこぶる良く、その時はそれが当然の判断だと思っていた。

 「何があっても自己責任ですよ」

 担当医に念を押されはしたが、あっさりと外出は許された。これで迷惑をかけずに責任を果たすことができる。安堵して、私は翌日の講演会とTV出演に備えた。

 ところが13日の朝、私の体調が急変した。

 朝、目が覚めた時、あの恐怖が蘇ったのだ。右手足の麻痺と言葉に不自由さを感じた。脳梗塞の発症だった。だがその症状には決定的な違いがあった。右半身の麻痺の程度がすこぶる軽かったのである。明らかに変調を来してはいるものの、歩くこともできたし、右手の指先も動かすことはできた。しかしどう考えても、もう通常の自分の身体ではない。すぐさま点滴治療が始まった。病院内で脳梗塞を発症したわけだから、これ以上早い対応はなく、幸運な結末になるはずだった――。

 だが、そうはならなかった。