在りし日の西城秀樹さん(写真:Masashi Hara/Getty Images)

 西城秀樹さんが63歳の若さで急逝した。野口五郎さん、郷ひろみさんとともに「新御三家」と呼ばれ、1970年代のミュージックシーンを代表するスターだった。それだけに2度の脳梗塞を経てなおステージに立ち続けた姿は神々しくもあり、痛々しくもあった。

 全盛期の西城さんをリアルタイムで知っている中高年世代は、還暦を過ぎてリハビリと格闘する姿と、記憶のなかにあるスーパースターの残像との折り合いをつけることができなかったに違いない。

 同世代であり、脳梗塞という共通の経験をしている私にとっては、西城さんの早すぎる死はいたたまれぬものがあった。西城さんの告別式で野口さんが読んだ弔辞は私の胸にも迫るものがあった。

 具体的なエピソードを繋げて語った野口さんの弔辞は、晩婚だった大スター2人が友情を紡いできた様子を切々と語った。3年前、西城さんの還暦を祝うコンサートの時、サプライズで登場した野口さんが舞台袖から現れ、バースデーケーキを乗せたワゴンを西城さんの近くまで押していき、こんな声をかけた。

 「抱いていいか?」

ハグで分かった「重さ」の意味

 この予想外の言葉に驚いた西城さんは目を丸くして「何だよ」と言い返すのが精一杯だった。その後、何が起こったのか。野口さんが弔辞のなかで触れている。

 「還暦パーティーで僕が『抱いていいか』。『何だよ』と言われたけど、僕はそんな君を抱きしめた。その時、君は僕のことを一瞬抱きしめ返そうとした。その瞬間に君の体の全体重が僕にかかった。それは僕にしか分からない。心の中で『秀樹、大丈夫だよ。僕は大丈夫だからね』そう思った。それと同時に僕の全身が震えた。こんなぎりぎりで立ってたのか。こんな状態で、ファンの皆さんの前で立ってたのか。そこまでして、立とうとしていたのか。なんてすごいやつだ」

 テレビで紹介された西城さんの姿を見ると、歩行にも相当苦労されている様子だった。何でもそうだが、自転車と同じで、動いていれば姿勢を制御することは容易だが、止まったとたんに安定を失う。

 かなり重度な麻痺が残った西城さんには、その場でじっと立ち続けることの方が、歩くことより辛かったのかもしれない。全身を神経にしてようやくバランスしていたものが、野口さんとのハグで一気に崩れてしまったのだろう。

 そんな状態でステージに立ち、歌を歌うのは並大抵のことではない。当然、あらかじめ収録済みの歌声に、ステージ上で合わせるだけのパフォーマンスもあったようだが、生の歌声を披露することもあったという。しかも西城さんは年間70回に及ぶステージをこなしていたというのだから、その陰では凄まじいリハビリがあったであろうことは想像に難くない。

 しかしテレビが伝える西城さんのリハビリの手法は、私にはまったく理解できなかった。