「平仮名を忘れてしまった人間がベストセラーを書き、記者会見で当意即妙に話せるわけがない。初めから逃げを打ったという受け止めは当然でしょう」

 都合の悪い事は脳梗塞のせいにして「記憶にない」で押し切ろうとする態度は卑怯千万というわけである。しかし私には「平仮名を失った」ことを吐露したことの重さがずしりと響き、複雑な思いが脳裏をよぎった。

 「石原さんは高次脳機能障害だったんだ」

初台リハビリテーション病院へ転院した、2年前の3月3日

 3月3日は私にとっても特別な日である。

 脳梗塞を発症し、本格的なリハビリをするために初台リハビリテーション病院へ転院したのが2年前の3月3日だった。2月10日に脳梗塞を発症し、右半身麻痺になった私は1日も早くリハビリ専門病院への転院を待ち望んでいた。「初台に行けば必ず良くなる」と信じることで、絶望を希望へと繋げていたのである。どんなに辛いリハビリにも耐えて、やり抜く覚悟もあった。ただひとつだけ、心底恐れていたことがあった。

 それが「高次脳機能障害」だ。

 一般的に脳梗塞というと手足の動きが不自由なことなど、外見からそれとわかる運動機能の障害にばかり関心が向けられるが、脳の機能そのものに障害が残ってしまうことも少なくない。
 短期記憶が著しく低下したり、論理的思考ができなくなったり、感情のコントロールができなくなったりという具合である。

病院で出会った人も、平仮名が読めなかった

 石原氏が口にした「平仮名を忘れる」とはどんな状態を指しているのだろうか。

 正確なところはご本人に確認してみなければ分からないが、おそらく石原さんは平仮名を読むことが出来ないのだろう。「聞く」「話す」は会見中の記者とのやりとりを見てもわかる通り、何ら問題はなかった。高齢になったとはいえ、その姿はいつもの石原慎太郎だ。

 様子が違ったのは豊洲移転の経緯を説明するくだりだった。石原氏の体力を考慮してという理由で、あらかじめ用意された文章をスタッフが代読したが、冒頭の発言を言葉通り受けとめれば、石原氏は平仮名を「読む」ことができないのだ。