だが退院後の現実はすで記した通りで、脳梗塞との本当の闘いは退院後に待っていたのである。リハビリ専門病院は、ゴルフの練習場のようなものだ。ゴルフコースで現実にプレーをすることとはまるで違う。雨風の影響を受けることもなく、高級な練習場であれば冷暖房もあり、ゴルフボールは自動的にせり上がってくる。なんといってもスイングする足元は真っ平だ。

 初台リハビリテーション病院で過ごした100日間はかなり厳しいリハビリ生活だったが、退院してみると、快適な温室の中での訓練だったことを思い知らされる。すべての環境が患者ファーストのうえに、同類相哀れむ特殊なところだ。自分自身も車椅子に乗ろうと、まともに歩けなくても、リハビリ専門病院では他人の目は一切気にならない。お互い様だからだ。しかし退院して戻った瞬間、状況は一変する。脳梗塞の後遺症が残った人は、一般社会では極めて少ない。愛情、同情、哀れみ等々、好奇の視線にさらされ、自分自身も以前の自分ではないことを痛切に感じる。

 ここが岐路だ。

 そこからどう生きていくか。

 私は仕事の再開を最優先に考えた。

「こんな時だからオシャレしましょう」

 「焦らずゆっくりやればいい」とのアドバイスもたくさんいただいたが、私を思いやるお気持ちだけをいただいて、この種のアドバイスはすべて捨てた。1日も早く社会復帰したいと心から願ったし、そう思えばこそ、容赦のない現実に立ち向かっていく力も湧いてきた。

 他人の視線などどうでもよいと思い込むように、さまざまな工夫もしながら、気持ちを前向きに仕向けもした。これはかなり無理があったが、退院直後、伊勢丹メンズ館で長年世話になっていたベテランスタイリストにも会いに行った。入院中もファッションには気を使ったが、毎日がリハビリだから限度がある。

 「こんな時だからオシャレしましょう」

 彼はそう言って、これまで一度も来たことのない、イタリア製の真っ白なジャケットとパンツの組み合わせを提案してきた。いくらなんでもそれはやり過ぎだと、私が難色を示すと、彼はまた言った。

 「こんな時だから」

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