理学療法士の問いかけに「やってみたい」

 2016年の2月に脳梗塞を発症し、3月から6月上旬まで初台リハビリテーション病院に入院している間、私は仰向けで寝ることしかできなかった。右腕が麻痺している上に亜脱臼状態だったから、寝返りをうつことすらままならなかった。退院直前、ベッドの柵をつかんで身体を左向きにすることが精いっぱいで、うつ伏せなど考えたこともなかった。

 思いもよらぬ一言に驚きつつも「やってみたい」と気持ちがはやった。

 ところが、いざやろうとすると、やり方がわからないのだ。マッサージ用の幅の狭いベッドだから、麻痺が残った右半身を巧く動かさないと転げ落ちそうだ。理学療法士の指示に従って細かく身体を動かしながら、どうにかこうにか、久方ぶりのうつ伏せには成功した。だがベッドに顔がすっぽりおさまる穴が空いていなかったら、窒息してしまいそうな思いをしたことが思い出される。

 脳梗塞の発症から3年、おかげ様で今では寝返りも、うつ伏せもなんなくできるようになったし、自宅のソファも快適に使えているし、初めて歩く道にも苦労することはなくなった。

いざ「うつ伏せ」になろうとすると、当初はやり方が分からなかった(写真:wavebreakmediamicro/123RF) 写真はイメージです
いざ「うつ伏せ」になろうとすると、当初はやり方が分からなかった(写真:wavebreakmediamicro/123RF) 写真はイメージです

ここが岐路だ、私は仕事の再開を最優先に考えた

 つくづく思うことは、医療の認識と患者の現実とのギャップの大きさだ。

 一般的に脳梗塞リハビリの目的や効果は、発症からの経過時間によって急性期、回復期、安定期と分類される。発症直後の2~3週間の「急性期」のリハビリは身体機能の低下防止が目的で、時間も短く、簡単なリハビリになる。また急性期病院はリハビリスタッフも充分ではなく、スタッフの意識も「 1日も早くリハビリ専門病院に転院し、本格的なリハビリをやりましょう」というのが現実だ。

 「急性期」の後の3カ月程の期間は「回復期」と呼ばれ、最も顕著なリハビリ効果が期待される。ここでどれだけ結果をだせるか。後遺症の残った患者たちは、藁をも掴む思いでリハビリ専門病院に転院する。私は初台リハビリテーション病院で約100日間、1日も休みなくハードなリハビリを続けた。「回復期」の重大さを明確に認識していたからだ。

 「ここで機能回復しなければ終わりだ」という切迫感に突き動かされていた。実際、随分大きな回復ができた。自分でもそう思えたからこそ、退院した。

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