そして退院する頃には、ゴールまでのタイムも2倍以上速くなり、自分自身でも自信を持って歩けるようになった。途中には道幅が狭く、クルマが真横を通り過ぎるような路地もあり、じつに実践的な経験でもあった。

 この連載の初めころに「装具をつけないで歩く」ことを選択したことで、右足が外側に倒れ気味になってしまうこと(内反)に苦しめられたと書いたが(2017年10月2日配信「短距離100mとリハビリ、共通する『10秒の壁』」および、2017年11月1日配信「『装具をつけない』選択をした私は幸運だった」参照)、起伏だらけでの悪路の路地は、内反克服にも大いに効果を発揮してくれた。

自宅周辺は軽々と歩けるとの思い込みは、あっさり崩れた

 幸いなことに私の自宅周辺はそれなりに道路が整備されているから、歩行の自主トレをするにはもってこいの環境であった。ところがそれは脳梗塞以前の健康なときの私の認識で、全くの誤解であった。水道管やらガス管やら、何度も土を掘っては埋めて舗装することを繰り返してきたために道は歩きづらく、退院直後は自信喪失になった。初台リハビリテーション病院での経験値があるから、自宅周辺は軽々と歩けるとの思い込みは、あっさり崩れ去ってしまった。

 今思い返してみると、これは当然のことであった。いかに難コースとは言え、一カ月も同じ道を歩いていれば、路面状況も詳細に頭に入ってしまう。

「ここは右下がりだから左側を歩こう」とか、

「この坂の凸凹は左側に回避するのが一番安全だ」といった具合だ。

 こんな調子だから退院直後に自宅周辺の道路を歩いた時に、歩行そのものが思いのほか安定していないことに愕然となった。自宅ソファにまともに座っていられなかったことに共通する思いだった。

 こんな話は枚挙にいとまがないが、「うつ伏せ」にも本当に驚かされた。初台リハビリテーション病院とは退院でいきなり関係が終わってしまったわけではなく、週2回、外来で通院した。リハビリスタッフは入院時とはがらりと変わり外来専門チームになったが、理学療法も作業療法もそれぞれ専任の担当がつく。

 新たに担当になったら理学療法士は非常に専門知識が豊富で、短い時間の中で身体全体の変化を見ながら、工夫をしてくれた。ある時彼が、幅の狭いリハビリ用のベッドを前に思いもよらぬ一言を発した。

 「財部さん、うつ伏せになれますか」

 うつ伏せ?

 新鮮な響きだった。

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