もちろん退院するからといってリハビリ専門病院が何のケアもなしに患者を放りだすわけではない。退院日が決まった段階で、担当の理学療法士や作業療法士、ケアマネージャーが私の自宅を訪問し、どこにどんな手すりをつけたら良いか、浴室やベッド周りはどうしたら良いか等々を検討してくれる。

 幸いにして我が家のマンションは完全にバリアフリーだったから、それほど大袈裟な改修の必要はなかった。だが回復期の3カ月間のリハビリだけでは、体全体のバランスを整えるにはほど遠く、退院はゴールでもなんでもなく、むしろそこからが本当のリハビリのスタートだった。

自宅に帰ると、住み慣れたはずの家のそこここで「違和感」を感じることになった(写真:PIXTA) 写真はイメージです
自宅に帰ると、住み慣れたはずの家のそこここで「違和感」を感じることになった(写真:PIXTA) 写真はイメージです

起伏だらけの悪路の路地は、「内反」克服に効果を発揮した

 それにしても人間の環境適応能力はたいしたものだ。

 初台リハビリテーション病院では熱心な理学療法士とともに、病院の周辺で歩行練習を繰り返した。歩行練習といってもでたらめに歩くわけではなく、患者の歩行能力に応じて様々なコースが用意されている。病院は山手通り沿いにあり京王線の初台駅に近い。病院から駅を目指せばそこにはオペラシティがある。病院とオペラシティを往復する直線コースもあれば、山手通りを駅とは逆方向に坂道を下り、途中の急坂を登るコースもある。

 いろいろバリエーションがあり、6コースくらいあったのではないだろうか。なかでもとりわけ難しいとされたのが、急坂を登るコースで、リハビリスタッフの間でも賛否が分かれていたが、担当の理学療法士と私は好んでこのコースを歩いた。

 坂を登ったり降りたりすることも大変なのだが、道の表面の複雑な起伏がなおいっそう歩行を難しいものにしていた。ぱっと見には山手通り沿いの歩道は幅も広く、きれいにブロックタイルで舗装され、とても歩きやすいように見えるが、上下左右に微妙な起伏が続き、装具をつけない私は足元が安定せず歩くこと自体が難しいコースだった。

 また坂道は民家の間の路地で、一応舗装されてはいたものの、出っ張ったりへこんだり、右に左に傾いたりと、路面状況はひどいものだった。でも、このコースを難なく歩けるようになりさえすれば、どんな道でも歩けるはずだ。理学療法士も私もそう信じて毎日歩き続けたのである。

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