その他にも自宅の中には、リハビリ病院に入院中には味わったことのない難儀が溢れていた。洗面台の使いにくさにも、信じられない思いだった。立ったまま顔を洗うことがこんなにも難しいことなのかと思い知らされた。

 初台リハビリテーション病院では坂道の登り降りなどハードな歩行練習をしていたが、動いている方が姿勢の制御はしやすく、じっと立っている方が安定を保ちにくい。自転車といっしょだ。走っていれば安定するが、止まった途端に左右どちらかに倒れてしまう。自宅の洗面台に立ち、目をつむって顔を洗うことがこれほど不安定で難しいことだとは思ってもみなかった。

約100日間、1日も休みなくハードなリハビリを続けた、初台リハビリテーション病院(東京都渋谷区)
約100日間、1日も休みなくハードなリハビリを続けた、初台リハビリテーション病院(東京都渋谷区)

自分の身体は以前とは別物になっていた

 初台リハビリテーション病院に限らず、リハビリ専門病院の生活環境は、脳梗塞の後遺症を抱えた人々にとって、それほど快適に設計されており、退院して自宅に戻った時に、初めて現実との大きなギャップを思い知らされるのである。

 初台リハビリテーション病院の個室は、一見すると、無駄に広く感じるが、それは車いすの利用を前提にしているからだろう。半身麻痺で右手、右足が役に立たなかった私でも、素早く方向転換が出来るだけのスペースが確保されている。 トイレのドアは手動ではあったが開閉がスムースで、これまた車いすでの利用に十分な広さがあった。だが退院後に改めて思い起こしたのは、洗面台の使い勝手の良さだった。車椅子が洗面台の下にすっぽり収まり、洗顔や歯磨きをするのにちょうど良い高さにセッティングされていた。

 退院直前になると車椅子が取り上げられ、自分の部屋の中でも、文字通り“自立”した生活を送るようになるが、歯磨きや洗顔をするときには応接用の椅子を使って洗面台を利用していた。つまり何の不自由もなく、車いすやいすに腰かけながら悠々と洗面台を使うことに慣れきっていたのである。

 だから住み慣れた我が家のそこここで、自分の身体は以前とはまったく別物になってしまったことを思い知らされる日々は辛くもあり、驚きでもあった。

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