スタートアップ企業への投資・育成を手がけるMistletoe(ミスルトウ)の孫泰蔵社長兼CEO(最高経営責任者)は日本と米シリコンバレー、アジアを行き来しながら、イノベーションのタネを持つベンチャー企業を“掘り出し”“育て”、さらに”世界に拡大”することに取り組んでいる。その活動の中で痛感したのが若年層に対する教育の重要性だ。イノベーターとして成長できる環境にいるかどうか、自分で課題を見つけ、解決し、社会を変えられると実感できる教育を受けてきたかどうかで、起業家として明確な差が出るからだ。そんな泰蔵氏が出資するLife is Tech !(ライフイズテック)とは――。
「ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズのような人材を輩出したい」
そんな心意気で中高生向けにプログラミング教育を手掛けるLife is Tech !(ライフイズテック)というスタートアップ企業があります。
ライフイズテックが実施するイベント風景(以下すべて)
ACミラン所属のプロサッカー選手・本田圭佑氏や伊藤忠テクノロジーベンチャーズ、電通デジタル・ホールディングスなどが出資者に名を連ねています。
ライフイズテックが提供する教育の中心は春休みや夏休みに3~5日間開催するITキャンプ。受講者はスマートフォン向けアプリのプログラミングやウェブ制作、オリジナルゲーム開発、デザインアート創造など興味の持てる分野から好きなコースを選ぶことができます。
キャンプの舞台は東京大学、北海道大学、名古屋大学、九州大学など全国の一流大学のキャンパス。中高生が、大学生になった時のイメージを描きながら大学への興味や関心を持ってもらう趣向です。
キャンプでは現役の大学生や大学院生がエンジニアやクリエイターとしての専門性を生かし、インストラクターとして受講生を指導します。彼らは勉強、進路など受講生の相談にものるメンターとしても受講生をサポートします。受講する中高生の成長を促すだけでなく、指導する大学生・大学院生も新たな発見や学びが得られる仕組みです。
2011年からスタートしたITキャンプはこれまでにのべ2万人が参加。世界のICT教育組織に与えられる「Google Rise Awards」を日本国内で初めて受賞しています。
CEO(最高経営責任者)の水野雄介くんは「子供ひとりひとりが持つ可能性を最大限伸ばす社会をつくりたい」という思いでライフイズテックを立ち上げました。
高校球児だった水野くんがライフイズテックで目指すのは、ITの分野で高校野球における「甲子園」のような存在をつくること。甲子園を目指した高校球児たちの中から卒業後、日本のプロ野球や米メジャーリーグで活躍する選手が出るように、IT教育を受けた中高生たちの中から日本や世界を代表するイノベーターが誕生してほしいというのが水野くんの思いです。
彼らは20万人の中高生参加を目標としています。全国の高校球児の数は17万人。17万人の高校球児の中からイチロー選手や田中将大投手が生まれました。ならば、これを上回る数の中高生が「IT甲子園」を目指して切磋琢磨し合う環境をつくれば、未来のビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズを生むのも夢ではないと考えたそうです。
今の学校教育はナンセンス
「ITキャンプでプログラミングを教える」というと、特別な教育を施す場と思われるかもしれません。全くそんなことはありません。
プログラミングの本質は今ある課題は何で、それを解決するには何をすればいいのかを論理的に考えること。その解決策に従って実際のプログラムを組んでいきます。メーンとなるのはコーディング(設計書や仕様書を元に実際のプログラム言語に書き換える作業)ではありません。
多くのプログラミング教育はコーディングばかり教えていますが、重要なのは、そこに至るまでの段階。ライフイズテックのITキャンプもそこに焦点を当てています。中高生が楽しみながらプログラミングの本質的なスキルを身につけられるように工夫しています。
文部科学省は現在、小学校でのプログラミング教育を2020年から必修にするよう検討しています。ライフイズテックが提供するサービスは国の教育政策の先をいくもの。これから、こうした新しい教育がたくさん生まれてくるだろうと私は思います。
そもそも、今、子供たちが受けている学校教育は最善の仕組みではないと私は思います。同じ学年の子供を40人近く集め、教室の前には教壇、その前にずらりと机を並べて座らせる。毎日、1時間目から6時間目まで国語・算数・理科・社会と授業を割り当てる――。
教える側からすれば、一度にまとめて均質な教育を施すのに都合のいいやり方かもしれません。しかし、学ぶ側の子供から見たらどうでしょう。絵を描くのが好きな子供が図工の時間に一心不乱に絵を描いていたら、キンコンカンコンとチャイムが鳴って、中断させられる。次には算数の授業が待っている。これではちっとも気が乗りません。「つまらないな」と思いながら受けるから興味もわかない。全くイノベーティブではありません。
そもそも、今、学校の授業は暗記が中心です。「頭がいい」「成績がいい」と褒め称えられるのは記憶力が良くミスが少ない子。けれど、これからの時代、そんな評価軸は全くもってナンセンスです。
未来の世界では、記憶に関してはAI(人工知能)がすべて肩代わりしてくれます。人間がどんなに頑張ったところで、AIにはかないません。そういう新しい時代が到来しようという時に、いまだに旧時代の教育がなされているのはいかにもおかしい。
自営業かサラリーマン家庭かで差がある
考えてもみてください。私たちが小さい頃には、習い事といえばそろばん塾が定番でした。当時、計算するにはそろばんを使うしかなかったからです。では今、そろばんを家に持っている人はどれほどいるでしょう。「そろばんは使わないとしても、そろばん塾に行けば暗算力が高まる」という人もいますが、そんな暗算を使う場面はほとんどありません。
今の教育も同じです。頑張ってパソコンの使い方を学んでも将来パソコンはなくなっているでしょうし、英単語を何千語も暗記してもいずれは同時自動通訳機に頼るようになるでしょう。今の子供たちが学んでいることは、彼らが大人になって技術が発展した時にはほとんど役に立たないものばかりです。
では、今の子供たちが学び、身につけるべき力は何か。
大きく2つあります。1つはコミュニケーション力です。相手がどう思っているのか、何を伝えたいのかをくみ取る力。そして自分が思っていることを論理的にまとめ、正しく的確に相手に伝える力です。もう1つは課題を設定し、試行錯誤しながら解決策を見出す力と、その解決策を不屈の情熱を持ってやり切る力です。これらの力を持つ人ならばイノベーターになることができます。
イノベーター、起業家というと、特別な能力、才能を持つ人と思われるかもしれません。そんなことはありません。誰しも訓練すれば身につけることができる力です。残念なことに、今までの学校教育ではこうした力を磨く機会がほとんどありませんでした。
私は長年、起業家支援にかかわってきました。その中で、起業家を目指す人たちの間に、スタート地点で既にある程度の差があることを感じています。サラリーマン家庭に生まれた人よりは、家で商売をやっていて、それを手伝った経験がある人のほうが知らず知らずのうちに課題を設定し、解決するために試行錯誤するというような体験をしている可能性が高く、起業向きのマインドを身につけているように思います。
ライフイズテックが提供するITキャンプは、家庭環境の差などから生まれた差を縮める非常に良い機会です。吸収力が高い中高生を対象にしているところも素晴らしいと思います。
「自分の働きかけで社会が変わる」と実感することが大切
以前、この連載でも紹介した通り、私は事業家だった父・三憲のイノベーター教育を受けて育ったようなものです(関連記事「Yahoo! BBモデム無料配布の発想は孫家の父が源」)。
父はパチンコ店や焼き肉屋の新店舗の候補地を見つけると、私を連れて行きました。白地図を広げ、「この土地を買うのはどう思う、泰蔵」と聞いてきます。近くの国道の交通量、人口などの説明を受けた私は「これはオヤジも真剣に悩んでるからしっかり考えなきゃいかん」と子供ながらに頭を悩ませたものでした。
いざ新しい店を開くと決まった後も、父は「泰蔵、どうすればお客をたくさん呼べるかね」と聞いてきます。あれこれ考え、「オープンキャンペーンで先着100人には肉を1皿おまけでつけることにしたら?」と答えると「泰蔵、天才!よし、それでいこう!」と受け止めてくれました。
キャンペーンを告知するチラシも私が担当。店員が両手に肉の皿を持っているイラストを描くと、父はそのまま採用してくれたものでした。
父はどんな時も私のアイデアを真剣に受け止めてくれましたから、子供ではあっても責任感が芽生えました。自ら“フィールド調査”にも乗り出しました。学校の先生に「こういうキャンペーンをやったら店に行きたいと思いますか?」と聞いたり、ほかの焼き肉屋さんに食べに行った時にどんな工夫をしているのかと目を凝らしてみたり。小学生のうちからマーケティングやプロモーションの訓練をしてきたようなものです。
こういう経験を積んだ中で大きかったのは、自分が考えたキャンペーンやチラシに誘われ、実際に多くのお客が来店し、売り上げが伸びたことから得た自信でした。ちょっとしたアイデアと行動で世の中を動かすことができる。イノベーションを起こせば世界を変えられることを実感できたのは、何事にも代え難い貴重な体験だったと思います。
こうした経験を持ったことがあるか否かは、イノベーターとしての素養を磨く上で大きな違いになります。これは間違いありません。
私は今、こうしたイノベーター教育を授けることができる学校の運営に関心を持っています。そこで理想とする教育のスタイルは「Learning as a Community」。老若男女が集まり学び合うイメージです。教育とは本来、学校、塾などの専門家に頼るものではありません。必ずしも先輩が教えるものでもない。経験や人脈は年を経るごとに深まりますが、新しいものをクリエイトするのに年齢は関係ありません。誰でも、新しい取り組みにどんどん挑戦していいと思います。
例えば、子供たちを対象にジャングルジム、滑り台など遊具のデザインコンペを開いてみる。給食のメニューコンテストでもよいでしょう。子供たちは自分たちが楽しめる遊具はどういうものか、自分たちが食べたいメニューは何か、真剣に考えてアイデアを出し合うでしょう。その中で建物の構造について学んだり、コストや利益についての知識を得たりするはずです。
単に情報を記憶するだけの学びではなく、自分たちが住む社会にかかわりながら、課題を設定し、解決策を見つけ、実行する取り組みを促す。こういう教育こそが、イノベーション創出の素地をつくる上で大いに役に立つと考えています。
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