設立したばかりのスタートアップ企業(ベンチャー企業)への投資・育成を手がけるMistletoe(ミスルトウ)の孫泰蔵社長兼CEO(最高経営責任者)。アジアにシリコンバレーのようなエコシステムを形成し、日本に、そして世界にイノベーションを起こそうと情熱を注ぐ。
この連載では泰蔵社長が惚れ込み、支援を決めた会社を紹介していく。栄えあるトップバッターはHOTARU(ほたる)。東京大学大学院の学生が2014年10月に設立した会社だ。HOTARUが目指す、世界規模の問題解決とは――。
「世界の水不足を解決したい」――。
こんな壮大な志を掲げ、新たな水循環システムの開発に挑戦するスタートアップ企業があります。
その名はHOTARU(ほたる)。2014年10月、現役の東京大学大学院生である北川力くんと奥寺昇平くんが立ち上げた会社です。若い2人は今、世界を揺るがす大きな問題に真正面から取り組もうと奮闘中です。
前回、私は今、志を同じくする仲間たちとともに、起業のエコシステムをアジアに作ることを目指していると書きました。私が社長兼CEO(最高経営責任者)を務めるMistletoe(ミスルトウ)では今、スタートアップ企業を支援しながら、エコシステムをつくる取り組みを本格化しています。
Mistletoeはいわゆるベンチャーキャピタルとは異なります。ただ資金を提供するだけでなく、製品やビジネスモデルを彼らと一緒に開発。追加の資金を調達すべく、新たな投資家も探します。濃く深く、スタートアップ企業にかかわります。
手間も時間もかかりますから、多くのスタートアップ企業を支援することはできません。手を組む相手は厳選しています。我々が選りすぐった数少ない企業の1つがHOTARU。今回はHOTARUがどんな志を抱き、どんな活動をしているのかをご紹介しましょう。
周知のとおり、世界の水不足は深刻です。かつて、世界銀行の幹部が「20世紀の戦争が石油をめぐって戦われたとすれば、21世紀は水をめぐる争いの世紀になるだろう」と警告したことはよく知られています。
実は米シリコンバレーも近年、干ばつの影響でダムが渇水し、水不足に悩まされています。水道料金は大幅に値上がりし、取水制限がかかるなど、市民の生活にも影響が出始めています。
「雨が多い日本では水の問題は大きくないだろう」と考えるなら大間違い。日本には渇水や水不足とはまた別の問題が存在します。上下水道のインフラ維持です。
日本の水は現在、巨大なシステムの中で循環しています。
川の流れをせき止めてつくったダムに水をため、浄化し、上水管を通して家庭や工場やオフィスに送る。使った水は下水管を通して下水処理場に流し、浄化したうえで海に排出する。海の水が蒸発し、やがて雨となって地上に降ると、川に流れ込み、再びダムに水がたまる――。
我々は、ためて、使って、きれいにして、流して、またためて、使って…というループの中で水を利用しています。問題はこのループが極めて巨大であること。巨大であるがゆえに、そのループを実現するためのインフラには莫大な費用がかかります。日本の上下水道の総資産は累計100兆円という試算もあるほどです。
ちなみに、電力事業大手10社の総資産は累計45兆円、通信事業大手3社の総資産は、通信インフラ事業以外も含めて累計45兆円という話も聞きます。水のインフラがいかに巨大なものかがわかります。 この巨大なインフラは維持するのも大変です。過疎化の影響で税収が減っている地方自治体では、上下水管の修理・保全にかかる費用が、歳出の中で大きな割合を占めるようになりました。今後、インフラのさらなる老朽化が予想される中、財政的に行き詰まる懸念すら生じています。
世界に目を転じると、アジアやアフリカの途上国が発展するためには、この巨大なループから成る水のシステムを整えなくてはいけません。資金も技術も人員も必要で、それらが揃うまでには相当の時間がかかることでしょう。
HOTARUを率いる若き2人は、様々な困難を伴うこの巨大ループから脱却した水活用の仕組みを新たにつくり上げようとしています。
メガループからマイクロループへ
巨大なループから脱却する――とはどういうことでしょう。
HOTARUは、独自の水循環システムを開発し、ためて、使って、きれいにして、流して、またためて、使って…というループを家ごとに、つくる技術の開発に取り組んでいます。つまり、メガループからマイクロループへの転換です。
マイクロループへの転換を実現する上でカギとなるのは浄化技術です。一般的に、水を浄化する際には高性能なフィルターを使います。汚水を浄化し続けると、フィルターは目詰まりを起こします。仮に家庭の風呂、洗面所、台所、トイレなどで使った水を循環させながら使うとしたら、だいたい1カ月ほどでフィルターの交換が必要となります。家庭用のシステムでこれほど頻繁にフィルター交換が必要となると実用化は困難です。
HOTARUの2人は、水処理技術にIT(情報技術)を組み合わせることにより、マイクロループを実現しようとしています。具体的には、タンクとフィルターにセンサーを設置し、水の使用状況等を測定することで最も効率的かつ効果的な浄化を可能とします。
さらに、この水循環システムには、需要を予測して必要な量の水をあらかじめ準備する学習能力を持たせます。気温が高い日にはシャワーを浴びる頻度が高まるとか、寒い日は熱いお湯をたくさん使うといったデータを蓄積することで、予測の精度を高めます。日本企業が持つフィルター、水処理技術、ITなどの要素技術を組み合わせ、HOTARUにしかできないシステムを作り上げようとしているのです。
我々の試算では、HOTARUが研究する水循環システム技術を利用すれば、一人暮らしの場合、飲み水は別として月間150リットルの水があれば十分足りるはず。循環させるうちに10%程度の水が蒸発するとしても、新たに必要な水はわずか15リットルで、ペットボトル数本分で済みます。
この程度の量の水なら宅配で届けることも容易です。車で運ぶことが難しい山間部なら、ドローンで配送すればよい。風呂もトイレも台所も半永久的に水を循環して使えるとなれば、水不足に悩むことはなくなります。もちろん、インフラのメンテナンス問題も段階的に解決できます。世界が抱える水問題を一気に解消できるわけです。
実にスケールの大きな話ではないでしょうか。
「人類のために」の主張にぐっときた
北川くんと奥寺くんの2人に私が初めて会ったのは2014年のことです。非営利法人(NPO)のETIC.(エティック)と私たちが共同で進める「SUSANOO(スサノヲ)」という社会起業家育成プログラムに2人が応募してきたのがきっかけでした。(スサノヲは、「社会の片隅にある、誰もが見て見ぬふりをしてしまいがちな課題」に果敢に取り組み、持続可能な仕組みをつくろうとする起業家を応援するために、NPO法人ETIC.代表理事の宮城治男さんと共に2013年秋にスタートしたプロジェクト。これまでに42組の社会起業家の方々がSUSANOOに参加し、仲間やパートナーと出会い、事業を加速させています)
これからの新しい水のインフラとして、分散型の水処理システムをどう実現していくか、資金面や事業モデルなどを悩んでいる時に、スサノヲとの出逢いがあり、その世界を実現したいと飛び込んできました。
「人類のため、絶対にこのプロジェクトはやるべきです!」
「水不足という、世界が抱える問題を解決できます!」
そう主張する2人の姿を見て、私はぐっときました。
若かりし日のジェリー・ヤンさんの姿に重なるものがあったからです。既にお話ししたとおり、米ヤフー創業者である彼は「人類の進歩のため」「世界の人の役に立ちたい」と検索サイトの開発に取り組んだのでした(関連記事「『はじまりもワイルドだった』」)。
聞けば、北川くんは高校時代から世界の水不足を解決しようと夢見ていたとか。それを実現するために水処理の研究ができる東大に入学したと言います。
その意気込みに呼応する形で。
「君たち、面白いね。今度、詳しく話を聞かせてよ」
私は2人にそう声をかけました。そこから、HOTARUとMistletoeの協働が始まりました。
2人と議論を交わすうちに、私はHOTARUが開発しようとしている水循環システムの本質的な価値は「オフグリッド」にあると思うようになりました。
電気の世界でオフグリッドが話題になっています。グリッドとは電力会社が敷設した「送電網」のこと。その電力網を流れる電気に頼らず、自給することをオフグリッドと言います。
HOTARUが考える水循環システムは、ゆくゆくは世界の水問題を解決し得るものですが、より身近なところでいえば、水の分野でオフグリッドの世界を実現するという点でも注目に値します。
高い山の頂上付近の山小屋で。海の砂浜で。アウトドアを楽しむキャンプ場で。さらに世界に目を転じれば難民キャンプで――。上下水管がなく、水がひかれていない場所でも自由に水が使えるシステムを実現できるとなれば、需要は大きく、社会へのインパクトも大きいでしょう。
プロトタイプにかかる費用は億単位?
HOTARU が開発する水循環システムの価値を整理し、当面、この方向で開発を進めると決めた我々はまずプロトタイプをつくることにしました。
といってもHOTARUの2人にはプロトタイプをつくる場所もお金もありません。我々が資金を提供し、当時、東京・代々木に構えていたMistletoeのオフィスの中庭に建てることにしました。
「水循環システムって、相当、費用かかるだろう? ざっくり、どれくらいかかるんだい?」私が聞くと、2人は「ええ、結構かかるんです」と言って頭を突き合わせ、電卓を叩き始めました。
「僕らの人件費はタダとして…。大学でボランティアを募って…。あぁ、それでもやっぱり結構かかっちゃうな」
こう言い合う2人。私はゴクンと生唾をのみ込み、いったいどんな数字が出てくるのかと身構えました。
「それで、いくらぐらいなの?」
「えーと、85万円ぐらいです」。
億単位の費用がかかるのかとドキドキしていた私は脱力し、「今すぐ部材買ってきてつくり始めろ!」と号令をかけました。
こうして2015年1月、第1号機が出来上がりました。その後改良を重ねた結果、夏には外部の人にプレゼンテーションができるようにポータブル型をつくり、飛行機内に持ち込めるサイズにまでコンパクト化しました。
4月に起きた熊本地震を受けて、被災された人々に提供したシャワーブース
このプロトタイプをさらに改良した「コンパクトシャワー」を携え、今年3月、HOTARUは早速、世界に打って出ました。米テキサス州オースティンで行われた大規模イベント「サウス・バイ・サウスウエスト」に出展したのです。
通常、4人家族がシャワーを使うと2週間で840リットルかかるといいます。それに対してコンパクトシャワーに必要な水はわずか20リットル。オフグリッドで工事は不要ですから、どこへでも設置可能。キャンプ場、野外イベント、工事現場など様々な場所でシャワーを使うことができます。
反響は予想以上、「今すぐ製品をくれ」という声も
米国では健康のために自転車通勤するビジネスパーソンが増えています。1週間かけてキャンプするようなアウトドアファンもたくさんいます。HOTARUが出品したシャワールームに対する反響は予想以上。「Tech Crunch」「GIZMODO」「Gizmag」など、数十に上る有名インターネットメディアで紹介されました。「今すぐ製品を50個くれ」と言う業者が現れるなど、問い合わせは百数十社に及んだそうです。
コンパクトシャワーというインパクトのある一石を投じることで、HOTARUはようやく出資者を募ることができる段階にこぎ着けました。資金調達に成功したら、段階を追いながら製品化を進めていきたいと思います。第1弾として、今回出品したようなシャワーを、2017年に商品化することを目指します。
シャワーは水の汚れ具合、浄化に必要な浄化力とも比較的低く、技術的な難易度が比較的低い。ここから始めて、高い浄化力が求められる水循環システムも徐々に実現していきたい。若い2人とともに世界を変える製品を生み出したいと思っています。
HOTARUの2人が進めるプロジェクトに私が惹かれたのは、「デカくものを考える姿勢」があったからです。起業にはこういう「デカい思考」が不可欠。私自身、常に「Think Big!」と心に命じながら行動しています。Think Bigこそ、人々に感動を与え、世界を変えることができると信じています。
ではなぜ起業家にはThink Bigが必要なのか。次回は私がこういう信条を抱くようになったきっかけと、その信条をさらに強固なものにした、Think Bigの極みともいえる、あるプロジェクトとの出会いについてご紹介します。
(編集協力:小林佳代)
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