「ニュートンのリンゴ」の苗木を譲り受けた産総研のリンゴの木

 日本は世界一時間に正確な国だと言われている。飛行機や新幹線の出発が少しでも遅れようものなら、客室乗務員が丁寧にお詫びのアナウンスをする。日本人は時間が好きな国民なのかも知れないが、西洋にも「Time is money.(時は金なり)」ということわざがある。時間は二度と取り戻すことのできない貴重なものであるという認識は洋の東西を問わず共通である。ヨーロッパ赴任の長かった上司の口ぐせが「タイム・イズ・もうねェ」だったことを思い出す。

 日常当たり前のように使っている「時間」だが、その概念は人により、また使われ方により様々である。物理的な時間を考えると、日時計や水時計、砂時計の時代から、振子時計となった近代まで、時は一定の間隔で刻まれているものと考えられてきた。人類が秒のレベルで時間を意識した当時、その基準は地球の自転、すなわち「1日=8万6400秒」を基にしていた。地球を、その一回転が決して狂うことの無いコマに見立てたのである。ところがこのコマ、案外気まぐれで季節変動があることが分かり、1956年には地球の公転に基づく定義に変更されている(1年=31556925.9747秒)。その後さらに高い精度を出せる原子時計の研究が進み、1967年にはセシウム原子の固有振動の周期に基づく秒の定義になって今日に到っている。

 つまり時間の決定は、望遠鏡を覗く天文学者から、原子の振動という振り子を得た物理学者の手に委ねられたという訳である。同時に我々は自然の揺らぎに身を任せるので無く、機械が刻む時刻で身を律することを選んだということになる。ニュートンは何にも影響されない天体運動の調和から時間を読み解いたのだが、その一方で物理学者は出来る限り精密に「等間隔」な時間を計測しようと努力を重ねており、その努力は今日も続いている。セシウム原子時計の精度は発明当時(1955年)100年に対して1秒相当だったが、今日では数千万年に対して1秒というレベルにまで至っている。それでも時間に関わる物理学者たちは歩みを止めることはない。

 世界の物理学者がしのぎを削る舞台で今、300億年に対して最大でも1秒しか狂わないという究極の原子時計が日本から生まれようとしている。これは香取秀俊教授(東京大学)の提唱する光格子時計というもので、いわば原子を光で作ったゆりかご(格子)で支えることで、振り子としての原子のゆらぎを劇的に少なくする、という技術である。その実現には多くの日本の研究所が関わっている。産業技術総合研究所もその一つである。宇宙の創成から現在まで138億年と言われているので、この間連続して時計を動かしたとしても1秒も狂わないというものである。

 少し堅い話が続いて恐縮だが、これほどの精度になると、アインシュタインの相対性理論が唱える時空のゆがみの影響を、日常世界で観測できるようになる。一般相対性理論によれば、重力が強いほど時間はゆっくりと進むと言われている。地上の重力の大きさは、標高や周囲の地形、地下の構造などの影響を受ける。超精密時計があれば、地上で僅か1センチメートルの高さに相当する重力ポテンシャルの変化でも、時間の差として測れることになる。例えば建物の1階(重力が強く時間がゆっくりと進む)と2階(重力が弱く時間が速く進む)では、時計の進み方が違うことを、比較的容易に観測できてしまうというのである。