例えばあなたは営業担当だとする。この商談をまとめれば、ちょうど自分の売り上げは目標に達するのだが、それをあきらめて、商談を他の人に譲れば会社全体として売上増になるとしたら、さてあなたはどうする?

 多くの人が、自分の業績は犠牲にしてでも全体の売上増に貢献すべきであると言うのかもしれないが、実際には悩ましい問題だ。「個別最適」と「全体最適」のジレンマである。企業活動の中では、結構頻繁にこのような問題に直面する。

 私は前職の時、このような場合は自分の売り上げは諦めても会社全体に尽くせと社員に語ってきた。企業は組織としての成果を最大化しなければならないから、全体最適が優先される。個別を優先して、会社が倒産しては元も子もないからである。

 しかし、会社内の全体最適で喜ぶのは社長をはじめとする経営陣だけであって、個人業績の達成を至上目的にしている社員にとってはなかなか受け入れ難い考え方である。目標未達でマイナス評価をされたのではたまらない。つまり個別最適を犠牲にして全体最適に尽くす行動(全体貢献)を評価する明確な制度がない限り、この考え方は浸透しない。それに、皆が全体最適型で、一人ひとりが社長になったつもりで常に会社全体のことを考えて振る舞えば、業績が伸びるかと言うとそれも疑問だ。そもそも社長になったつもりでと言われても、社長にならなければわからないものである。

 また、社内で全体最適を考えている間に、他社に売り上げをさらわれることも起こりうる。これまで知り合った腕利きの営業担当の多くは、売り上げがあると見れば、猟犬のように飛びついていくタイプで、個別最適の典型のような人たちだった。全体最適を考えていては、突破力は生まれてこないのかもしれない。

 経営トップは全体最適と個別最適の両方をうまく使い分けているところがある。部門間、個人間で摩擦が起こることを承知で、個別最適で競わせ、最後のところで全体最適を図ることがある。一定の範囲で個別最適を優先することは、個人にとって、働くことのモチベーションやインセンティブになり、能力を伸ばすことにもつながる。

 従って組織のトップは規模の大小を問わず、個別最適の審判をしながら、全体最適の視点を持つことが必要である。トップが公正に評価してくれると思うから、部下は安心して(?)個別最適での競争ができる。

 全体貢献行動が上司から評価されないとなれば、部下は自分のパフォーマンスばかりを気にし、結果として全体最適が実現せず、組織全体の効率や効果が発揮できないことになる。野球なら、監督がここはバントで走者を進めたいと思っても、適正に評価されなければ、打者は誰もバントをやらず、評価の高いホームランやヒットばかりを狙うことになるだろう。

会社の全体最適と社会の全体最適

 企業の中で個人最適を評価する仕組みができたからといって、それがそのまま社会全体の最適解につながるかというと、事はそう単純ではない。

 最近の日本経済新聞に「通販に省エネ義務」と題する記事が掲載されていた。経済産業省が、インターネット通販や家電量販店など、販売した商品を宅配で届ける業者に対しても、省エネを義務付ける法律の制定検討に入ったという内容であった。現行の省エネ法が自社の所有物を運ばせる企業だけを対象にしているのに対し、改正案ではネット通販業者や家電量販店など、消費者が買った商品を運送業者に運ばせる企業にまで、その対象範囲を広げている。気候変動抑制に関するパリ協定を達成するための一施策にしようとするものである。