まず認識すべきは、ロボットや人工知能は人間の行為を代行するのであって、人間の代理をするのではないということだ。ロボットが精巧になり、人工知能がビルトインされれば、ロボットができる作業範囲は飛躍的に広がるだろう。

 SF小説に登場するような、人間を丸ごと代替するロボットに人は夢を抱き、それがあたかも未来を象徴するかのように期待しがちである。しかし、どこまでロボットや人工知能が進化しても、人間と同様の感情を持ち、人格を形成することはあり得ないように思う。

 例えば、優れた人工知能を持ち、十分に安全な介護ロボットができたとして、このロボットに介護補助だけでなく、介護という仕事のすべてを任せられるだろうか。介護は、物理的に被介護者の体を拭いたり、寝返りを打たせたり、あるいはおむつを交換したりする作業だけではない。介護に必要な作業の多くは、ロボットに代行させる方が、被介護者の負担が少なくなるという指摘もあるが、介護される人にとっては、介護する人の手のぬくもりや笑顔、言葉が大切であり、人と人が触れ合うことによって成り立つ仕事でもある。

 先の研究者は、ロボットや人工知能の使い方を間違えて「嫌な世界」が出現することを心配する。人間がなすべきことを放棄して、ロボットや人工知能に過度に依存したり、人間まがいの行為をさせたりすることを懸念しているのである。彼が「人間がすべきこと」として、その時挙げていたのはコミュニケーションだ。コミュニケーションは、本来、人間同士が、互いの人格を認め合いながら行う行為であり、単に呼びかけや質問に応答する、コミュニケーションの補助と同じではない。そのことを間違えると、ロボットや人工知能の誤用が生まれてしまうと言うのだ。

 芸術やスポーツといった、人間が本源的に有する肉体的力、精神的力、感情や情緒性の発露である行為は、人間にしかできないものである。ロボットがどんなに精緻な絵画を描いたとしても、人工知能がどんなに面白い小説を書けたとしても、それを今日の芸術や文学と同等に扱ってよいものだろうかと疑問が広がるが、この問題は専門家の意見もお聞きしたいところである。

 先のオリンピックを観戦していて、思ったことがある。精巧なヒューマノイドロボットが、100メートルを9秒00で走ったとして、技術の進歩に感嘆することはあっても、誰もそのスピードに感動しないだろうということだ。人間が肉体の限界に挑戦して成し遂げた技・力に感動する、それがオリンピックであり、スポーツの世界である。

 ビジネスや研究、教育の現場にも、ロボットや人工知能は入ってくる。これらの世界は、将来、大きく変化していくだろうが、それぞれの世界で、人間がなすべきことは本質的に変わらないはずだ。組織を作り適材を配置すること、リーダーシップを持ってチームを率いること、部下や生徒に指導を行うこと、人間関係を調整することなどは人間にしかできない行為である。少なくとも人間の歴史からはそのように見てとれる。

ロボットと人間の共生はまだ入り口

 本来、ロボットにしても、人工知能にしても、その作業範囲を狭めれば、狭めるほど、人間への優位性を高められる。このことは、工場で使われているロボットが人間をはるかに上回る効率性を実現していることからも明らかだ。先に紹介した「まほろ」にしても、ライフサイエンスの実験室での作業という範囲の中で、優位性を高めている。

 少し前にグーグル傘下の英国企業が開発した「アルファ碁」と名付けられた人工知能が、現在世界最強と言われている韓国のイ・セドル九段に囲碁の対戦で4勝1敗で勝利し、話題になった。「人工知能恐るべし」という感想を持った人も多いと思うが、この「アルファ碁」の進化も「碁」というゲームに作業範囲を限定し、研究を進めたからであろう。「アルファ碁」では過去の対戦棋譜などのデーターベースを元に、ディープラーニングを行い、さらに人工知能同士を対戦させるなどの手法を通じて、その性能を高めることができたといえる。

 人間とロボット・人工知能の共生は、まさにその入り口に立ったところである。今、将来のためのコンセプトづくり、そしてその後のルール作りや環境整備が強く求められている。様々な分野で、ロボットや人工知能の活用範囲が明確になり、人間の役割と責任が確立されていけば、両者のベストコンビネーションを生み出すことができる。ロボットや人工知能を活用することで、短時間で同じような成果物を生み出すことができるとすれば、従来の活動に要する時間は短縮され、人間は別の世界で能力を発揮し、研究やビジネスだけでなく、芸術や文化・スポーツなどの振興に貢献できることになる。人間が「時間の余裕」を享受し、社会的な課題となっているワークライフバランスの向上にも資することができるだろう。

 一方、ロボット・人工知能の進化によって、人間の仕事が奪われるのではないか、という懸念がある。今日の職業の49%が今後10~20年後にロボットや人工知能に取って代わられるという民間研究所の報告もある。技術の進歩により、存続できない仕事があるのは事実だ。これまでも、技術の進化により、幾つかの仕事が社会から消えたが、ロボット・人工知能の進化による変化は、過去に起きたことの比ではないと思われている。

 しかし、私たちはこの数十年間で多くのことを学び、将来に対して予想する能力も格段に向上させた。技術の進化でどのようなことが起きていくのかを考える力も、確実に身につけてきている。消える仕事だけでなく、新たに生まれてくる仕事もあり、それが一つの産業を創り出すかもしれない。

 ロボットや人工知能は、人間の生活を豊かにできる技術だ。人間がより創造的な仕事に携われるよう、その活用のあり方については、技術的・経済的な見地からだけでなく、社会的な視点からも考えなければならない。それは未来に責任を持つ私たちの責務である。