例によって(私の習性なのだが)これを機会に河合先生の著作物やテレビの出演番組を貪るように見始めた。神話や臨死体験や霊魂、死後の世界といった「怪しげ」な話題でも、河合先生が実は数学専攻の理系出身で論理的な思考の持ち主であったということが、このジャンルへの抵抗感を和らげてくれた。事実、河合先生の講義や説明は十分に「科学的かつ論理的」であると私には思えた。

 こうして私は河合先生に心酔していくのだが、河合先生の活動はまことに多種多才、心理学という範疇を超えた巨人のような方で、河合先生を丸ごと理解しようとしても、とても力の及ぶところではなかった。先生の著作物はもちろんのこと、その中に引用された本や推薦の本に至るまで、先生の勧めるものを出来るだけ読んでみようと試みた。『七つの人形の恋物語』『はるかな国の兄弟』『はてしない物語』などは、河合先生の紹介文なしでは読むこともなかった。『日本人のこころ』がきっかけとなり、私は知らず知らずのうちに河合先生の思考パターンに染まっていったようである。後に会社の経営をあずかる身になった時、「中空均衡型」と「中心総合型」の解釈は、日本人と欧米人の精神構造の違いを理解するのにおおいに役立った。

河合先生の代表作の一つ「神話と日本人の心」

 河合先生に会社の研修の講師をお願いしたのは、先生が文化庁長官だったころである。お忙しい中、休日開催であったにもかかわらず、先生は快く引き受けて下さり、終日研修にお付き合い下さった。その際、私は思い出のあのテキストブックにサインまでして頂いた。今では私の宝物となっている。

 先生には「またやろう」とまで仰って頂き、その準備もしていたのだが、間もなく病床に就かれてしまい、結局叶うことはなかった。研修の最後に私が「先生、リーダーの要諦とは何ですか?」と尋ねた時、先生はきっぱりと「全力を挙げて何もしないこと!」とおっしゃったことが今でも忘れられない。

 河合先生が亡くなられて、私は読書の指南役も失ってしまった。人間が一生の間に読める本は限られている。平均寿命を基に「晴耕雨読」の生活を思い浮かべてみるのだが、「晴耕」はともかく、「雨読」については環境が整っても視力がままならず、読むのもつらくなる。最近はめっきりと読む量も減ってきた。自分の年齢を考えると、「あと何冊しか読めない」と概略計算出来る時期に入ってきていると感じる。

 そうだとしたら、つまらない本などに時間を費やしている場合ではない。幸い河合先生が命を削りながらおびただしい量の本を読み、後人のために残してくれた読書の指南書がある。その中には、まだ読んでいない本が沢山残っている。これからはこの指南書を頼りに、一冊一冊を味わいながら読んでいきたいと思っている。