それまで日本企業は、“Japan as No1”などと持てはやされていたのだが、それも少しずつ陰りが見え始めていた。この研修を修了して帰ると、待っていたかのように、私は米国アラバマ州の事業所に赴任することになった。1989年1月のことだ。赴任にあたって、3カ月の研修受講は直接・間接に役立った。自分は「特別な研修」を受けたのだからという自負もあり、研修で高められたグローバル意識も旺盛だった。その一方で、野中先生の日本人による日本企業のための戦略論は、時として気負いがちになる自分の気持ちを抑制してくれた。

 先生にはその後何度かお会いする機会があった。先生はご自身の著書が出るといつも送ってくださった。その後、私が副社長になった時、幹部候補養成のための研修を企画し、野中先生に講師をお願いすることにした。先生は、第二次大戦時の日本軍はなぜ戦略を間違えたのかなどを大変分かりやすく講義してくださり、研修生には大好評だった。

 私はこれまで多くのビジネス書を読んできたが、今思い起こすと、その内容が自分の血となり肉となっているものは、数えるほどしかない。ビジネスは刻々と変化する。従って時流に乗ることは大切だが、普遍的なものを身につけることは、もっと大事なことである。野中先生の著書は、私にとっていつも普遍的なことを呼び起こしてくれる。「知識創造企業」、「失敗の本質」、「イノベーションの本質」、「美徳の経営」などが印象に残っている。

 社長になった後、先生と食事をご一緒いただいたことがある。その時、どんな社長を目指すべきかとお尋ねしたところ、先生は「話して面白い人間」と答えられた。そして先生は、「話して面白い人」の実名を数人あげられたのだが、実は先生こそ「話して面白い人」であることに気付かされた。先生は、今でも私の大師匠である。

心理学の概念が一変した書籍

河合先生がNHK市民大学講座で使われたテキスト「日本人のこころ」

 野中先生に講師をお願いした一連の研修で、もう一人忘れられない先生がいる。河合隼雄先生だ。私は以前から心理学の本を読むのが大好きだったのだが、1983年に放映されたNHK教育テレビの市民大学講座『日本人のこころ』は私の心理学の概念を一変させてくれた。この時、講師をされたのが河合先生だった。

 先生は、古事記など日本の神話をベースに、日本と西洋の違いを「中空均衡型」と「中心総合型」の精神構造として説明してくれた。日本の組織では最も大事なものが中心にいなくても実は周りがしっかりと支える仕組みになっているのに対し、欧米は最も大事なものは中心にすわっていて、組織人は全員がそこに向かって統合していくというものだった。私にとって、この説明は大いに納得のいくものだった。