「自分の為」から「会社の為」、そして「社会の為」

 これまでの人生を振り返ってみると、若いころは相当に自己中心的であったような気がする。「自分の為」に損か得かで物事を判断していたにも関わらず、現実にはあまり自分の為になることはなかった。むしろ自分の判断を悔やむことが多かった。しかし、会社でマネジメントに参画するようになると、次第に「自分の為」は控えるようになり、「会社の為」を優先するようになった。こうして私は典型的な会社人間となっていったのであるが、経営者となってしばらくした頃になると、「社会の為」という「想い」が次第に大きくなっていったのである。

 このような意識の変化にともなって、科学技術に対する考え方も変わってきた。自らのアイデンティティの拠り所としてきた科学技術もまた、初めは「自分の為」だったのだが、次第に「会社の為」になっていき、そして今、「社会の為」となって、最終的には科学と人間と自然との関係性について考察を巡らすようになってきた。

 前職で定年後そのままリタイアしていたら、それなりに「社会の為」を個人的に考える立場になっていたかもしれないが、産総研理事長を拝命するというご縁を得て、より強く「社会」を意識しなければならない立場となった。産総研はその名の通り産業技術を研究し「技術を社会へ」還元することを使命とする研究機関である。その責任者となり、今は自分自身で直接社会に接しているという実感がある。

 前職の頃は、会社という組織体を通して社会と接することが多く、時には会社が社会そのものであるという意識もあった。しかし、実際には、社会はその外にあった。その意味で自分にとって、産総研という社会により近い組織に身を置くことができたことは幸運であったと思っている。

 自らの来し方に特段の後悔はないが、1つだけ挙げるとしたら、若い時から「社会の為」の視点で科学と向き合うべきだったかなということである。そうして「会社の為」を考え、最後に「自分の為」を考えて、「技術者」の道を選ぶべきだった。