当たり前のことなのだが、人生は思うようにはいかない。選択をしなければいけない場面で、自分の希望を出したり、意見を述べたりしても、結局意に反する決定が下されてしまうことも多い。

 入社後仙台の事業所に配属されて10年以上が経ち、会社からはそれなりに処遇され、プライベートでも親子4人平穏な生活をしていたころの話である。ある日突然、事業所の社長から呼び出しがあった。取りあえず作業着のまま部屋に入っていくと、社長と人事部長の2人が真剣な面持ちで私を待っていた。

 とっさにいい話ではないなと感じたが、まずは身をただし椅子に腰掛けた。ややあって社長から「アメリカに赴任してくれ!」と切り出された。すかさず私は「分かりました。行きます!」と即答し、そのまま席を立とうとしたところ、社長は少し慌てたように「ちょっと待ちなさい」と私を制し「実はな…」と言葉をつないだ。

 「今アメリカの事業所に新製品をつくらせているのだが、これが思うように立ち上がっていない。改善するには優秀な技術者が必要だと考えている。その点から見ると君しかいない。だから君に行って欲しいと思っている。君は技術者としてはよく出来るが、製造現場を知らないから、それを経験する良い機会だ。君のキャリアにとってもプラスになることだと思う」

 社長の説明をなかば上の空で聞きながら、「行きます!」と即答はしたものの、私の頭の中では果たして正しい判断だったのかとの検証が始まっていた。生活は安定してきたし、仕事も楽しい。正直今は行きたくない、という本音が頭の中にじわじわと湧いてきた。生産現場なのだから、事業所の立て直しには、開発畑の私より他に適した人がいるはずだ。社長は私のためだとも言っているが、実は、私はこの事業所では不要な人間なのではないか、などという妄想が頭の中を駆け巡った。

 社長はこうも続けた。「私はこれまで一度も海外赴任の機会がなかったんだ。今思えば一度は行っていればなあと思っている…」。しばらく沈黙が続いた。やがて「君、歳はいくつだ?」と尋ねられた。素直に「41歳です」とだけ答えればいいものを「厄年です」と余計なことを言ってしまった。そうしたら、それまで二人の会話を聞いていた人事部長から突然、「君!失礼だろ!真剣に君のことを考えているんだぞ!」と真顔で怒られた。おっしゃる通りだと思った。

 不用意な発言を謝まり、退室しようとすると、社長が「まあ、帰って奥さんとよく相談してから返事をしてくれればいい」と言ってくれた。つくづく素直になれない自分の性格を悔やんだ。その日は何とも落ち着かず、かと言って誰とも相談するわけにもいかず、職場の席に戻り1人夜遅くまで思案にふけった。